逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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四色問題のケンペ

『4コーナー!集団から外に3番のっ……スペシャルウィーク!スペシャルウィークが飛び出した!先行集団をまるごと外からぶっこ抜いて!後ろからは付いていけてない!引き離す!引き離す!一気に押し切って!2バ身?いや3?どんどん突き放して!今ゴール!3番!スペシャルウィークの勝利です!』

 

 サイレンススズカは外に膨らみながら4コーナーを曲がってくるスペシャルウィークと一瞬、目があったような気がした。

それと同時にスペシャルウィークは少し頭を下げて、垂れ始めた先行集団を強い末脚で一気に外からまとめて撫で切りにせんと、一気に前に出た。

そのまま面白いくらい後続を引き離してゴール板をアッサリと抜けて、遥か向こうまで走り抜けた。

第1コーナーまであと少しのところまで駆け抜けたスペシャルウィークに、観客席がどよめきで揺れている。

スペシャルウィークが本当に強いレースをしたことは、サイレンススズカにもわかる。

フユミの言う通り、スペシャルウィークにはスカウトが一気に殺到することだろう。

 

「ひぇぇ……恐ろしや恐ろしや……あれがスズカさんの後輩ですか……くわばらくわばら……」

 

「フクキタル?どうしたの?」

 

 過剰とも言えるほど恐れて手を合わせて拝み倒すマチカネフクキタルに、サイレンススズカは釈然としない疑問を抱いた。

まるでとんでもない化け物を見てしまったかのような様子で、明らかに怯えすぎだ。

 

「あのスペシャルウィークさん。スズカさんのいるチーム期待の新人だと聞いていたので、さぞや凄いウマ娘なのでは、とは思っていたのですが……いやはや聞きしに勝るとはこのこと……恐ろしやー……」

 

「え、どういうこと?」

 

 スペシャルウィークが自分と同じチーム。

そんな話が、いったいどこから出てきたのか。

サイレンススズカは完全に初耳だった。

スペシャルウィークが加入しているなら、加入する時に話があるハズだ。

 

「どういうこと?って、スペシャルウィークさんは転入早々にスズカさんのチームで一緒に練習している肝煎りの大型新人だとすっかり評判ですけど?」

 

「……ウソでしょ?」

 

 たぶん、フユミは自分のチームにスカウトなんて一切考えていないし、スペシャルウィークもチームに入った覚えもきっとないし、書類上もフリーのハズだ。

だとしたら、あの観客席のどよめきの意味はきっと、才能あるウマ娘のスカウトに意気込んでのものではない。

レースの結果はフユミの予想通りのものであっても、レース後のこれからのこと、あるいはスペシャルウィークを見ていた観客席の目は、フユミの予想から大きく外れたものだろう。

サイレンススズカは慌ててターフで満足そうに観客席に向かって手を振るスペシャルウィークのところに、急いで向かうことにした。

 

 

 

 

 

「そういえば、スペシャルウィークは勝ったデショウカ?」

 

 晩飯の分厚い骨付きリブステーキを一口大に切り分けて食べている途中で、思い出したようにタイキシャトルは言い出した。

特段、気にするようなことは起きないだろうからと、フユミはまったく気にしていなかった。

 

「さぁ?僕の伝えた通りにしていたら今頃、スカウトに囲まれて疲れ切った状態で晩飯にしているとは思うけど」

 

「伝えた通りに、デスカ?なんてメッセージを伝えたんデスカ?」

 

「スズカを探せ、見つけたら全力で走れ」

 

「……なんデスカ、ソレ」

 

「その反応で正解だ、タイキ。スペシャルウィークが同じ反応をしていたら、間違いなく勝っている」

 

 フユミはスペシャルウィークに渡した手紙に、この2つだけ書いておいた。

この言葉で観客席が気になっていれば、周りのペースが見えにくくなるから、最後まで走り切れないオーバーペースになりがちな先行集団に引っ張られることはだいぶ減る。

そして、サイレンススズカの性格を考えたら一人で人混みの中に立つようなことはしないハズだ。

人混みを避けてゴール板から2ハロンほど離れた、最終コーナー出口の辺りに立つだろう。

スペシャルウィークはサイレンススズカを探す自分の視線に引っ張られて最初のバックストレッチの時は内に入り、3コーナーを抜けて4コーナーに入ってホームストレッチ側に近付くほど外に流れるようにコースを取っていくだろう。

そしてスペシャルウィークは、目敏く人混みから離れたところにポツンと立つサイレンススズカを見つける。

サイレンススズカを見つけたところで言った通りに全力で走り出そうとすれば、スペシャルウィークが立つそこはコーナーを抜け切った最終直線の大外。

 

 あとはスペシャルウィーク御自慢の桁外れの末脚で他のウマ娘をまとめて、ズドン。

そのポテンシャルを目の前で見せつけられた他のトレーナー達は間違いなくスペシャルウィークのスカウトに殺到する。

こうして転入してきたばかりの田舎娘は無事に担当トレーナーを見つけて、一先ずいい収まりどころに収まって一安心、となるハズだ。

 

 これをサイレンススズカが読んで変な行動をしないように、スペシャルウィークにはレース直前に一人で読めと釘を刺しておいたので、手紙の内容をサイレンススズカが知らない限りは何度やってもほぼほぼ狙ったような結果になるハズだ。

スペシャルウィークがうっかりサイレンススズカを見つけられなければ、焦れた末に開き直って最終直線でヤケッパチに走るだろうから、結果としてはほぼ同じことになるだろう。

 

 こういう狡っ辛いものは、目の前のタイキシャトルはもとよりスペシャルウィークにももちろん表立っては教えられないが。

こんなものは華々しい表舞台のレースを走る彼女達のような才媛にはとても相応しくない、つまらない詐術だ。

マヤノトップガンにだって、もちろん下らない些末な作戦なんかで走らせたくはない。

だが、マヤノトップガンはフユミの指示がないと走らないと嫌がり、皐月賞で2着にしかなれなかったのに離そうとしなかった。

だったら、皐月賞の結果も込みで作戦を立てて、あらゆる手を尽くして、使えるものを全部使って、次こそはマヤノトップガンを勝たせるしかない。

そのあとの結果がどうであれ、今はそうする必要があるから。

だからマヤノトップガンの次のレースも、サイレンススズカの次のレースも、タイキシャトルの次のレースも、自分なりの手段で勝たせに行く。

いずれ去る日が来るなら、せめて額面上は優秀な成績くらい持たせてやりたいから。

やはり自分が不用だったのだと気付いた時に、不自由なくどこにでも行けるように。

 

 彼女があのトロフィーを送ってきた理由はきっと、自分のところにいたら絶対に手に入らなかっただろう栄誉を示すことで、自分が無用無才の邪魔な存在だったのだと突き付けたかったのだろう。

いみじくもその通りだとしても、せめて邪魔な存在ではありたくない。

勝てるハズのレースを勝たせられる程度には、役立っていたい。

 

「トレーナーさん?ステーキ、嫌いデスカ?」

 

「え、いや……少し、考え事をしていただけだよ」

 

 こちらの顔色を見るタイキシャトルの声で、自分が皿の上のステーキにナイフの刃を入れたきりで、食べていないことに気付いた。

別にステーキが嫌いなわけではない。

ただ、あとで胃もたれには悩まされるだろうが。

小さめに切ったステーキをフォークで口に運ぶ。

噛み締めてから、少し小さく切りすぎたと後悔する。

飯時の考え事はやめたほうがいいな、と猛省しながら、フユミは黙々とステーキ片を口に運ぶ。

タイキシャトルがその向かい側でそれ自体はステーキというより大きなローストビーフと言うほうが近いだろう肉の塊から、ブッチャーナイフでミディアムレアのステーキを切り落としてはペロリと食べていることに対して、驚きを顔に出さないようにしながら。

この肉を送ってきただろうタイキシャトルの実家もきっと、バーベキューするならこのくらいじゃないとタイキシャトルは満足出来ないと思って送ってきたのだろう。

 

 ベストタイミングな彼女の実家の心遣いのおかげで、少し重めのトレーニングを経てから身体を作るのに必要なたんぱく質は、間違いなく足りるだろう。

あとはトレーニングの強度を落としつつ、食事面で徐々に炭水化物を増やしていけば、来週のレースに身体がピタリと仕上がるハズだ。

タイキシャトルには、正直に言えばなんら不安要素はない。

タイキシャトルに熾烈なマークを仕掛けた他のウマ娘は揃って皐月賞で惨敗し、NHKマイルまでに立て直しが間に合うことはないし、サクラバクシンオーはスプリングステークスでの4コーナーでのつまづきで軽い捻挫をしていたらしく、念のための安静ということで走らずバクシンすることに悶々としているらしいので彼女の陣営もNHKマイルは見送るだろう。

他に出走するだろうウマ娘との力関係の面でも、わかっている範囲での不安要素は少ない。

だから今は、タイキシャトルが思う存分に走って行けることに注力する。

きっと賢しい浅知恵など、今の彼女にはまったく必要ないのだ。


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