逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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メイケイエール!!!!!!(単複3000円が消えた顔)


ゼロ除算/Divide by Zero

「トレーナーさぁんっ!スカウトさんが来ませぇんっ!!!」

 

 週が明けて月曜日の午後のこと。

部屋に響く嘆きの声が大きい。

人間であるフユミすらビックリする大声に、隣のサイレンススズカも耳を両手で抑える。

サイレンススズカの隣にいる困り顔の爆音スピーカーが、どうしてこの部屋にいるのか。

 

 フユミはまず、自分の座っている位置から部屋を端から端まで見渡す。

まず、部屋の隅には生徒が授業中の間にホームセンターで買ってきた畳の上で大の字で寝転ぶ巨大なモモンガのぬいぐるみクッションがある。

デスクには自分の持ち歩いているタブレットとノートパソコン、それと省スペースを考えて最近買ってはみたものの、実際には使う機会も少なければ、そもそも使い勝手もイマイチ悪いし、そもそもコピー用紙が本体以上にかさばるせいで結局は邪魔になりそうなモバイルプリンターが転がっている。

そしてそこから正面のサイレンススズカと、その隣のここにいるハズのない丸顔娘、そこから反対側の壁に置いたガラス張りのトロフィー棚に至るまで、間違いなくここがチームアルコルの表札を出してあるチームルームであることは疑う余地もない。

つまり、おかしいのはサイレンススズカと並んで黒鹿毛田舎娘がここにいることだけだ。

 

「スズカ、4つ訊いてもいいか?」

 

「はい」

 

「スペシャルウィークは模擬レースに出走した?」

 

「はい」

 

「スペシャルウィークは勝った?」

 

「はい」

 

「勝ち方は4角大外からまとめて撫で切りだった?」

 

「はい」

 

「観客席がざわつくほどの快勝だった?」

 

「……はい」

 

 サイレンススズカは最後の質問に少し言い淀んだが、ざわつくほどの快勝というのが人によってマチマチな基準なので自分の価値観と一般的な価値観を擦り合わせて答え合わせしたのだろう。

つまり、目の前にいる四角い肩幅のウマ娘は模擬レースを圧勝して、その才能を他のトレーナー達に御披露目することが出来たハズだ。

少なくともミスタークラウンが立場さえなければ、と惜しんだ様子を見せたほどの才気を持つウマ娘だ。

そんなウマ娘の圧倒的な才能を見て、スカウトしに来るトレーナーがまるでいないなど、まず有り得ない。

 

 その日の模擬レース、他のウマ娘が他のレースでそれ以上に鮮烈な勝ち方をした?

ノートパソコンの画面に土曜日の模擬レースの全結果を開く。

ダートのほうにハナをいきなり取って逃げ切りで他の有象無象をそのまま千切り捨てたウマ娘がいるが、ダートのほうの注目度が芝を超すことなどまずない。

トゥインクルシリーズのほうも、その日はエアグルーヴがダービーへの駆け込み特急券を燃やした青葉賞くらいしか目立ったレースはない。

つまりスカウトするハズのトレーナーがいなかった、なんてこともないハズだ。

 

 ではいったい、なぜ彼女にスカウトが来ない?

 

「トレーナーさぁん!どうしたらスカウトさんが来ますかぁ!?」

 

「スカウトさん、って……まぁ、いいか」

 

 スカウトという人が個別にいると思ってそうな四角くて丸いウマ娘の物言いはさておき、相当に注目を集めただろうウマ娘に、他のトレーナーからスカウトが来ない理由がわからない。

レース前の素行不良?

それは真っ先に有り得ないものとして消す。

レース後の素行不良?

それも同じように有り得ない事なので消す。

レース内容が充実していない、というのもないハズだ。

いったいどうなっていると言うのか。

 

「フユミトレーナー、失礼します」

 

 考え込もうとしたところに、チームルームへと入ってきたのは月刊トゥインクルの乙名史記者だった。

フユミが週末は府中を不在にしていたので、今日ならいるだろうと当たりを付けて来たのだろう。

 

「あぁ、記者さん。今日はいったい?」

 

「今日は取材というより、確認に来たというほうが近いのですが……ここにスペシャルウィークさんがいるなら、話は早いですね。模擬レースでの勝利、おめでとうございます」

 

「ふぇっ!?あ、ありがとうございます!」

 

「外からでも聞こえましたが、レース後のスカウトがなかったというのは本当ですか?」

 

「あ、はい……インタビューしに来た人はいっぱいいたんですけど、その後ろにいたハズのスカウトさん達が気付いたらいなくなってて……」

 

 メディアのインタビューがあまりにも集まり過ぎてスカウトの機会を逸したのだろうか。

だとしても、週が明けて改めてスカウトに来るトレーナーがいないのは妙だ。

週が明けたら鮮度と彩度を失うような、凡才の走りだったのだろうか?

いや、それはないだろう。

サイレンススズカの同室ということで贔屓目で見ていた?

なら、ミスタークラウンの気を引くようなこともあるまい。

 

「インタビューの時に他のメディアにも見せたアドバイス、まだ手元にありますか?」

 

「はい、もちろんです!」

 

 そう言って黒鹿毛道産子娘は仰々しく肩に提げていたカバンのポケットから大事そうに封筒を出す。

もちろん、中身が擦り替わっていて「勝利」と筆で書かれた半紙になったりなどしていなければ、その中には使い回しのプリントの裏に雑で意味不明な指示が書かれただけの役割の終わった塵紙しか入っていないハズだ。

そして乙名史記者が封筒から出した紙は、表面に先月の「今月のグラウンド整備予定日」が印刷されている中のプリント。

つまり、週末前に渡したそのままの状態だ。

用の済んだ塵紙なのだから、レースが終わった後はゴミ箱に放り込めばいいものをまだ持ち歩くとは、片付けが出来ないタイプなのだろうか。

 

「……なるほど、実際に見るとこれは……」

 

 乙名史記者がそれを見て頷き、納得したような態度でいるが、何を知りたかったのやらさっぱりわからない。

書いてあるのが、感銘を受けるような薫陶や、細やかな分析を基にした必勝法などではないのは、見ればわかる。

しげしげとプリントの裏の雑な殴り書きを見たあと、乙名史記者が改まってフユミのほうに振り向く。

 

「フユミトレーナー。私が今日、ここに伺ったのは月刊トゥインクルのオンライン速報版での公開を保留にした、ある記事の裏付けのためです」




ナランフレグありがとう。君のおかげで致命傷は避けられた……(単複100円)

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