逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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「おっ!出てきたぞ!タイキシャトル!」

 

「やっぱ他の娘とはデキが違うな!こりゃ勝負にならないんじゃないんか?」

 

 タイキシャトルがパドックに出た瞬間に、カッパを羽織ったり傘を差したりして待っていた観客の目は釘付けになった。

彼女の勝負服が初御披露目ということだけが理由ではない。

 

 時を遡ること桜花賞、サイレンススズカとダイワスカーレットが異常なハイペースでのレースを繰り広げた裏で、マイル戦やティアラ路線を中心にしようとしていた他のウマ娘達は文字通りの惨敗。

スプリングステークスでタイキシャトルとやり合ったウマ娘は、上位に食い下がったウマ娘の何人かはもともとの目標だった皐月賞に挑み、トウカイテイオーに負け。

そうでないウマ娘も立て直しを必要とすることが明らかで、ことごとくNHKマイルを回避。

 

 その他いろいろな要因が重なって、結果的に目立った有力所のウマ娘がタイキシャトルのみになり、あとは条件戦をコツコツ走っているウマ娘がタイトル戦に記念出走してきたように、観客席側からは見えてしまっていた。

シンザン記念でタイキシャトルに大負けしたようなウマ娘までいるのだから、そのように見えても仕方のないことではあった。

観客に向かって大きく手を振っているタイキシャトルの仕草からも、他のウマ娘よりずっと大きく力強いものに見えるのも、無理からぬことで。

 

「一人だけ肩幅からちげーよ。こりゃ勝負になってねぇ」

 

「出るレース間違えてんじゃねぇか?今日は安田じゃねぇぞ……」

 

 観客の中に流れているのは、ある種の諦めに似た空気。

他のウマ娘の応援に来た観客も、半ばタイキシャトルに食い下がれば良しくらいの感覚で来ている。

体格からして一回りは違う上に、来日早々に出たレース2つで周りを完全に子供扱いしたような勝ち方をしているのだから、そうやって見てしまうのも無理はない。

 

 その空気をタイキシャトル自身も確かに感じている。

誰が勝つのか?ではなく、どう勝つのか?という空気は、あからさまで異様すぎて、横で寝ていたって感じ取れるものだ。

 

 周りを見れば、タイキシャトルのほうにチラリと目を向けては離すウマ娘達の姿。

 

 やはり、あからさまに意識されているらしい。

 

 なんだ、別にいつものことじゃないか。

 

 タイキシャトルにとっては、日本に来てから何も変わらない“いつものこと”だ。

だから“いつものこと”のように、ゴール板まで駆けるだけ。

割り切ったタイキシャトルはわざとパドックの真ん中まで来て、大きく両手を振ることにした。

 

「来日いきなり京都を走って半年も経たない内から、あっという間に今期の有力候補か……改めておっそろしい留学生が来たもんだ」

 

「チャーチルダウンズ仕込みのレースセンスに1蹴り2ヤードは軽くかっ飛べる脚力を持ち出されちゃハナから敵いっこないッス。前と外抑えて完全に塞がれた状態から一瞬で裏回って外からぶっこ抜く……そんな強引過ぎる力技をやれるウマ娘はそうそういないッスよ」

 

 ハゲ頭に巻いたアフロの輪っかに色違いのペグシルを何本も差した編集長と金髪トゲトゲ頭の若手編集者は、屋根の下で中継されているパドック映像でタイキシャトルを見ていた。

若手の言葉に、編集長はペグシルをつまんでグリグリと頭を掻きながらカバンの中からタブレットを引っ張り出す。

 

「お前、もう一回スプリングステークスの動画観てみろ。タイキシャトルが自分へのマークを完全に躱す瞬間だけでいい」

 

「へ?」

 

「高速で走っている状態で急に横へ跳んだら、本来なら前に向かうスピードも合わさって斜め前に跳ぶことになる。そうすれば必然的に外を抑えてる真横のウマ娘とゴツン、だ」

 

 実際には、真横のウマ娘が抜けた真後ろを真横にスライドしているのが映像に残っている。

タイキシャトルがスピードを落とした様子も、隣のウマ娘が倍速で加速した訳でもなく、スルリと外に飛び出したタイキシャトルの姿だけがただ映っている。

 

「本当にそのまま真横に跳ぶには前向きのスピードを完全に殺すか横にねじ曲げなきゃならない。そして次に横に跳んで着地したその脚でそのまま前に向かって再加速だ。普通にやったらこの2歩でどっちかの足首が捥げるか足裏が踏ん張り切れずに外ラチに向かってそのまま跳んでいくだろうな」

 

「でも現にタイキシャトルはこうして……」

 

「ウィナーズサークルの様子からしてフユミトレーナーが血相変えるほどの無茶をやったのは間違いないが、よくよく考えればそもそも物理に逆らった不可思議な動きをしているんだ。きっとやられた側も、考えれば考えるほど気が変になっただろうな」

 

 ここにスプリングステークスで当たったウマ娘が誰もいないのが、その証左だ。

順当に考えれば、このレースの速度域でこんなことをやれるだけの遊びが残っているとしか思えない。

編集長も今朝までは、そう考えていた。

 

「まぁ、問題はここからだ」

 

 NHKマイルの朝、海を挟んだ反対側。

そこで既に終わった、最も偉大な2分間。

編集長がタブレットの画面に出して見せたのは、その速報だ。

低画質ながらレースそのものの動画も一緒に上がっている。

本来なら編集長は今頃、このレースの特集記事を書くために編集部に籠っているハズなのだ。

 

「ニンジャシュリケンだのサムライソードだの、現地は彼女のことで大騒ぎだが……同じことをやったウマ娘がアメリカにいる。しかも彼女は、フユミトレーナーの元担当だ……今日のNHKマイル、観ない訳にはいかないだろう」

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