逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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マイア・レイン

『春の府中GⅠ戦線の幕開け!東京11レース、芝1600m!NHKマイル!現在の天候は晴れていると言うよりも雨が降っていないだけと言うべきでしょうか。空の雲は未だ黒く、いつまた降り出すとも言えない荒れ模様。3レース前に豪雨は止みましたが、バ場は引き続き重での発表です!』

 

『雨雲の切れ間に陽は出てますが……いけませんね。また降ってきたみたいです。今日のターフは内のほうは観客席からでも土の色が見える荒れ方ですし、時計がかかるレースになりそうですね』

 

 五月雨というには情緒の足りない大雨の落ちる音がまた聞こえ始めた。

ハッキリ言えば、フユミでなくとも気が滅入る、そんな暗い陽気だ。

だからこそ、振り切れたバカ陽気な声が耳に障る。

 

「よっ、ピスピース!相変わらずつまんなそーな顔じゃねぇか!お祭りだぜ?もっとテンション上げろよー!」

 

 控え室を出てタイキシャトルと別れて観客席に向かったフユミは、そんな気分がどうにも下がる湿気った空気を感じながら、席を取っているだろうサイレンススズカ達を探す途中。

待ち構えていた長い葦毛の背の高いウマ娘が、フユミに話し掛けてきた。

最近は他人から話し掛けられること自体が嫌になってきたフシもあって、フユミは溜め息を吐く。

 

「……なんの用だ、ゴールドシップ」

 

「オイオイ、そんな睨むなよー。この超絶美少女ゴルシちゃんに話し掛けられて向けるような目じゃないゾ☆」

 

 両手で頬を挟んでわざとらしいぶりっ子の仕草をするゴールドシップに、フユミは予想出来る嫌な反応の中から比較的マシなものだったことに一瞬だけ固まった身体の力を抜く。

一番嫌な反応は、こんなものじゃ済まないほど気分の悪くなるものだ。

そこまでではないだけ、この葦毛の変人はまだマシなほうだ。

もっとも、黙って立ってればいいのに、という評価は最低な反応をしてくるだろうクソ女と一緒だし、比較という形でもクソ女のことを思い出さされるだけでも嫌なのだが。

 

「……いいから用件は?」

 

「オイオイ、そんな取り付く島もナシじゃ人情に欠けるってもんだぜー?桜花賞で桁違いのモノを見せてくれた礼をしてぇだけなのによー」

 

「礼?僕に?」

 

 礼を言われるような覚えは、更々ない。

桜花賞は勝負処こそ決めていたが、その形は最悪なものだった。

サイレンススズカに土壇場で大博打を打たせたことは、間違いなく失態のひとつだ。

あんなオーバーアクションなひとっ飛びをさせずとも、登り坂の立ち上がりまでに並んでいればそこからの伸びで勝てる。

その状況に持っていかせるまでの手段とダイワスカーレットの脚への目算が甘かったから、下り坂の時点で決着をつけられなかった。

あれで何かあったら、とても顔向け出来ない。

とても褒められたものではないのだ。

 

「オイオイオイオイ、オコゼみてーな顔になってんぞ?これでも食ってリラックスしろって!」

 

 そう言ってゴールドシップが出してきた袋には、パック詰めの焼きそばが何個か入っている。

普通そうな見た目とイメージが繋がらない刺激臭がソースの匂いに紛れ込んでいることを除けば、普通の焼きそばらしい。

 

「ゴルシちゃん特製辛そうで辛くないかと思ったらやっぱ辛くて魂が飛び出る焼きそばだぜ!3週間後に屋台を出すから味の感想よろしくな!」

 

「3週間後に……って、ダービーの日にか?」

 

「そうだぜ!オススメはゴルシちゃん印の爆裂りんご飴だぜー!」

 

 それだけ言うと、ゴールドシップは小走りでどこかに行ってしまった。

りんご飴の屋台をやるのに焼きそばの味を聞いてどうするというのか?

爆裂りんご飴とはなんなのか?

そもそも屋台をやる許可をどこから取り付けるつもりなのか?

考えるほど疑問しかないが、もらってしまったからにはどうにかしないといけない。

 

「トレーナーちゃーん、ここー!」

 

 そんなことを考えながら観客席の間の通路を歩いて先に観客席に向かったハズのサイレンススズカ達を探していると、マヤノトップガンの声がして、ちゃんと屋根があるところの席に並んで座っているサイレンススズカ達が手を振っているのを見つけた。

マヤノトップガンと、サイレンススズカと、なぜかその隣にスペシャルウィークもいることに、フユミは眉尻を指先で押し込み溜め息を吐く。

 

 マヤノトップガンが出したダービーが終わるまでの一旦の保留の条件に、自分でもトレーナーを探すように、と釘を刺してからのことだ。

 

 スペシャルウィークはトレーナーを探し始めたのか、自主練を始めたのか、クラスメートと一緒に練習するようになったのか、フユミの前には顔を出さなくなったのだが、今の様子を見るに少なくともトレーナーを探していたとは思えない。

もしそうなら、更にその隣に“スペシャルウィークのトレーナー”がいるハズなのだ。

 

「トレーナーさん!えっと、お久しぶりです!」

 

 ちょっと歯切れ悪く、目をキョロキョロさせながらスペシャルウィークが挨拶してきた。

試しに手に持っていたビニール袋を少し持ち上げると、あからさまにそっちに視線が行った。

ちょうどいいところにいた、ということでとりあえず納得しよう。

 

「……3日か4日でお久しぶり、は気が早いな……貰い物だけど食べるか?えっと……りんご飴屋台の辛そうで辛くてやっぱ辛い焼きそば、らしい」

 

「どんな焼きそばですか!?」

 

 なんか違うような気がするが、どうでもいいことなのでとりあえず焼きそばの入ったビニール袋をスペシャルウィークに渡す。

あの白いのが以前に寄越してきた焼きそばはマトモな味だったし、なんだかんだ食ったらヤバいことになるようなモノではないだろう。

魂が飛び出るとか言ってた気がするから、間違いなく辛いだろうけど。

 

「ではいっただきまーすっ!って、からーっ!」

 

「スペシャルウィークさん、大丈夫?」

 

 さっそくガッツリと一口頬張って辛さに悶えるスペシャルウィークの背中をサイレンススズカが擦る。

ちょっと涙目のスペシャルウィークがにこりとして、「でもこれ、美味しいです!」とか言ってるので味は大丈夫らしい。

スペシャルウィークからサイレンススズカを挟んで隣に座って、マヤノトップガンを膝に乗せる。

席に着いた瞬間に、マヤノトップガンが振り返った。

 

「トレーナーちゃん、どうしたの?」

 

「……また冷えてきたな、って」

 

 少し吹いてきた風のせいにした。

湿っていて、ちっとも心地よくない。

昔というほどは離れてない前に住んでいたあの場所を思い出す、頭が絞められるような感覚と抱き合わせの重い風。

 

「他にもあるでしょ?」

 

 マヤノトップガンに、アッサリと勘づかれた。

またむせたスペシャルウィークの背中を擦るサイレンススズカもチラリとこちらを見たので、普通に明かすしかないだろう。

隠しても仕方がないので、ハッキリと言う。

 

「……今日のレースは、マヤのダービーにも大きな意味がある。よく見ておこうね」

 

 何個かある正解の1個を出しながら、マヤノトップガンの頭を撫でる。

マヤノトップガンは前に向き直ってこちらに寄り掛かる。

ぴこぴこさせている耳の間を撫でると、空いている左手を取られ、お臍の前で彼女は右手を重ねる。

どうやら今日のマヤノトップガンはご機嫌ナナメじゃないようだ。

 

 今日の雨とレースは、バ場状況に大きく爪痕を入れるハズだ。

今日入った爪痕が続くレースでどんどん広がり、ダービーの時にはきっと凄まじいダメージになる。

芝のダメージの変遷を見せておくことは、間違いなくマヤノトップガンにとっても武器になるハズだ。

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