逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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NHKマイルカップ

『また強く降り出してしまった雨の中、出走の準備が進みます。五月雨の府中は例年のそれではない試練の時を迎えようとしています』

 

「うわぁ、この雨の中でも出走か。カッパ着て観てるだけの俺達はともかく、走る子達は大変だろうな」

 

「雨となると勝手が違うもんな。泥濘にヘコミに濡れた芝、ただですら前が見にくいのに一歩でも踏み込みをミスればそれこそ一発でドカンだ」

 

 中央ディスプレイに映るゲート準備の様子に観客席がざわめく中、粒が筋になってハッキリと見えるほどの雨の帳が視界を遮る向こうの、最後の一人がゲートに収まるところを写していた。

 

『ゲートに各ウマ娘が揃うのを待ち、最後に大外18番マインドツイスト収まりまして……スタートしました!』

 

 一瞬だけ無音になったような錯覚。

雨音の向こう、ゲートの金音が確かに響いた。

 

『ハナを切ったのは3番グリズリーベア、続いて7番ブルースガー、その内4番カーノファージ、外に11番タイキシャトルが前に出てきました。続いて1番ウィズドムライト、続いて5番キスメット、空いて8番ステッピィリンクス、外から13番パイライトボムは中団前目に付けています。2番ホワイトエクレシア、9番ブラッドエリクシル、5番ドップサイドスリー、6番イーサーヴァイアル、12番サバンナライオン、空いて18番マインドツイスト以下外枠から出走したウマ娘は全体的に後方に位置取りました』

 

『この雨の中、外から前に出ていくのは難しいですからね。タイキシャトルが前に食い込んだのはかなり強気の勝負をしてきたと思っていいでしょう。後ろに回った外枠組はもちろん、流れで前に出た内枠側のウマ娘にもプレッシャーがかかりますね』

 

 タイキシャトルは外めの4番手から、雨の中を走る。

踏んだターフの感覚は緩く、踏み込む度にバシリと泥水が跳ねる。

足裏でしっかりと路面を捉えないと、滑ってバランスを崩しそうだ。

大粒の雨と水煙もあって、目を開けているのも辛く、視界も本当に悪い。

 

 だからこそ。

 

「タイキシャトルが前に詰めて行ってるぞ!」

 

「掛かったか!?この雨の中を走るペースじゃないぞ!?」

 

 少しずつハナのウマ娘の背中に、タイキシャトルは近付いている。

内にいたウマ娘は同じペースで、後ろに離れていく。

前を行く葦毛のウマ娘が振り返り、焦りを含んだ目でタイキシャトルを見たあと、少し前のめりになってペースを上げた。

タイキシャトルも一度、後ろをちらりと見て、他のウマ娘の走り様を確かめる。

 

 走りにくいのは、全員同じだ。

 

 それを実感したタイキシャトルは、口端を少し上げる。

きっと、これがトレーナーの狙っていたレース展開だ。

だったらあとは、このまま走るだけだ。

逃げるウマ娘を追い回すことなら、いつもやっている。

 

 

 

 

 

 

『タイキシャトルが前に出ていく!ハナは変わらずグリズリーベア、しかしそのすぐ後ろにタイキシャトルが迫る!全体的にスローな展開の中、グリズリーベアとタイキシャトルだけが前に出て逃げるような展開だ。少しずつ集団を置き去りにグリズリーベアとタイキシャトルが駆ける駆ける。おっと、その後ろも徐々にペースを上げてきた。雨の重バ場を突き進みます!集団はケヤキの向こう、3コーナー前!』

 

「速い!?」

 

「おいおい、雨もお構い無しか!?まるで晴れのミドルペースと変わらないんじゃないか!?」

 

「ただですら雨で滑るのにこのペースで3角の下り坂を降りるなんてムチャだ!」

 

 周りの観客がどよめく様子に、サイレンススズカとスペシャルウィークがキョロキョロと周りを見る。

その様子を気にも留めず、フユミとマヤノトップガンは冷静にレースを観ていた。

 

「トレーナーちゃん」

 

「なんだ?」

 

「13番の人、引っ張られてない。雨でも平気なのかな」

 

 マヤノトップガンが指差した先、タイキシャトルから少し離れた集団の外側にくすんだ青鹿毛のウマ娘がいる。

3コーナーに差し掛かった集団の内にいるウマ娘が足を取られてふらついたり、滑ってよろけたり、そのウマ娘を避けようとしたり、徐々に集団が崩れて横へ後ろへとバラけていく間隙を縫うように、彼女は少しずつ内へと入っていく。

悪路で下り坂のコーナーを、まるで苦にしないかのように。

コース取りを一見すれば、先頭のグリズリーベアを追い回すタイキシャトルにつられて、ペースを無理矢理上げているように見える。

しかし、走りにくいだろう雨の中で姿勢を崩さずに走っているのは、タイキシャトルと13番のパイライトボムだけだ。

焦りからなどではなく、冷静にコースを進んでいることは疑いようがない。

 

「悪路慣れしているな。今日のコース状況で3角を崩れずにタイキに食らい付くとは」

 

「トレーナーちゃん、でも」

 

「そうだな」

 

 退屈そうに寄り掛かるマヤノトップガンの頬を指先で軽く撫でる。

たぶんもう、わかりきってしまったのだろう。

仕方のないことだが、もう既に結果は出てしまった。

勝因も敗因も、もう既に出揃っている。

 

「タイキの勝ちだ」

 

 

 

 

 

『3コーナーを回って先頭変わらずグリズリーベア、後ろにいるタイキシャトルから逃げる逃げる!2バ身ほど!そのタイキシャトルの後ろはパイライトボムが進出、先行集団の中から1人、前に仕掛けに来ました。先行集団に後続も食い込み、縦には先頭からしんがりまで7バ身ほどに収まっていますが、横に大きく広がった展開だ!残り800を越え4コーナーへと差し掛かります!』

 

『ハイペース気味ですが、4コーナーでのしっかりとしたライン取りがそのまま勝敗に直結します。見所はここでしょう』

 

 タイキシャトルはちらりと左後ろを見る。

水煙の向こうに、外から仕掛けるタイミングを計るパイライトボムの姿が確かに見える。

その瞬間、ズベリと嫌な音が前から聴こえた。

振り返って前を見た時、グリズリーベアの姿勢が内ラチに傾いて前につんのめっていた。

タイキシャトルは慌てて左足を踏み込んで、右に身体を傾ける。

タイキシャトルの身体が、宙に浮く。

グリズリーベアの身体が完全に内ラチに向かって倒れていく。

引き抜いた左足の爪先が、グリズリーベアの右足の上をスレスレに抜ける。

後ろに向かって流れるターフ、そこに向かって右足を踵から出していく。

ターフの葉を踵が捉えた瞬間に身体を左前に倒す。

爪先まで足裏がピタリと付いた瞬間に踏み込んで、足の裏でターフをしっかり捉えたタイキシャトルの横目に、その姿が見えた。

 

 その内を並んで、水飛沫を撥ね飛ばしながら滑り込む泥だらけのウマ娘が。

 

「跳んだっ!?」

 

「躱したっ!?」

 

『ぐっグリズリーベア転倒!かわしたパイライトボムがタイキシャトルの内を突いた!4コーナー半ばで勝負が始まったか!?』




いつものレース解説おじさんはお休みだよ
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