逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「スズカは三番での出走か……」
「よほどの大外でないなら、サイレンススズカは何番でも変わりません」
フユミとハルヤマがビニールの合羽を着て陣取った場所は最終コーナー出口付近。
そこに陣取るのに、特に話し合いはなく、二人とも自然に足がそこに向いた。
「バ場発表は稍重。泥濘が出るほどではないが、滑るぞ」
「重バ場での走りは未知数ですが、サイレンススズカなら走り切るでしょう」
「随分、信頼を置くんだな」
「サイレンススズカの悪癖は貴方も知っているでしょう?走り出すとどこでも、どこまでも走ってしまう。アスファルトの上だろうが、砂利道だろうが、サイレンススズカは関係なく走ってしまう。どれだけバ場が重くても、つまるところはターフです。サイレンススズカにしたら、誤差にもなりません」
「稍重を誤差と断じるトレーナーは、君くらいなものだろう。ほとんどのトレーナーはこの誤差を埋めるのに苦心するというのに」
足元の芝生をつまんだハルヤマは、立ったまま遠くのゲートに入るウマ娘達をじっと見るフユミに呆れる。
「サイレンススズカでなければ、こうは言いません。ただですら走りたがりなサイレンススズカを、貴方がきちんと鍛えたからこそですよ」
「鍛えられていないさ。俺はスズカに最後までバ群の中での駆け引きをついぞ習得させられなかった。それが出来れば、スズカはどんなレース展開も思うままに走れるだけの足があったのに」
「その弱点を克服するには、サイレンススズカにはいろいろと足りない。今あるもので、一番最速の方法は先頭で好きに走らせてあとはサイレンススズカ本人のフィジカルに祈る。それだけです」
「勝負師だな、君は。博打もいいところだ」
「僕にはトレーナーとしての指導力がないので、他の手を打てなかっただけです」
ゲートインが完了したらしい。
レース場は雨の音だけが鳴る。
沈黙の後に、がこん、とゲートが開く。
走り出した。
サイレンススズカが、そして全員の思惑と運命が。
「ふぅっ!」
出足は完璧だった。
目の前にはターフのみ。
両端には他の影はない。
背後に聞こえる足音も、全てやや遠目。
『ハナを奪ったサイレンススズカ!いきなりリードを稼ぐが、今回のコースはアップダウンが強めになっている!このまま走りきれるか!?』
ちらりと左から後ろを見たあと、足を早めて内ラチに寄せて最初の坂を上がる。
坂を上がりきると同時にポケットからやや曲がりぎみなカーブの途中に入り込む。
最初のストレートは長め。
平坦なストレートの入り口から入り、中間からなだらかな上り坂。
『サイレンススズカ、大きく後方を離して下り坂のままコーナーを曲がるダウンヒルに入る!』
『かなりの速度で走っていますが、下り坂からのコーナーはかなりキツいものがあります。後半の足が残るか心配ですね』
その先にあるのは突き落とすような下り坂をそのまま曲がるコーナーのダウンヒル。
そして短いストレートがその先にある。
問題ないっ!
登り坂を一気に上がり、そのままサイレンススズカは頂点部を左足で踏み抜くと同時に頭をガクンと下げた。
下り坂を一気に落ちる。
右足で斜面を捉えて踏み切る。
左足はまっすぐに、右足は後ろ斜め外に蹴る。
コーナーにそのまま下り坂の勢いのまま入り込む。
『サイレンススズカ!ここで猛然とコーナーへと突入!速度はそのまま!このコース最大の難所を最高速で突破していきます!』
『あのダウンヒルをこのスピードで切り抜けるウマ娘がいるとは思いませんでした!後続が差し返すのはかなり難しくなってきましたよ?』
やや内ラチから離れるも、コーナーを抜けた時にはまだ内ラチから二人分の開き。
ちらりと後ろを見れば、まだ下り坂に入るウマ娘が多く見える。
他のウマ娘の足音は、もはや聞こえない。
『サイレンススズカから後続二番手との距離、6バ身差!ただ1人ッ!サイレンススズカが突き放している!これは差せるか!?差し返せるのか!?』
そのままストレートで姿勢を正し、最終コーナーへと入り込む。
内ラチを押さえるのをここで捨て、流すようにコーナーを抜け、最後のストレートに飛び出した。
最後の一息を、ここで入れた。
あとは何も考える必要はない。
思うがまま、足が進むまま、小さく見えたゴール板の前へ!
顔が雨に濡れるのも、濡れた髪が背中から剥がれて宙をはためくのも、泥が跳ねるのも、全て関係ない!
『サイレンススズカ!最後のストレートで更に加速ッ!どこにそんな末脚があったのか!他のウマ娘を完全に振り切るッ!もはやこれはサイレンススズカ1人のタイムアタックッ!後続のウマ娘の追走は間に合わない!』
ゴール板の先、その先に、前にッ!
『ゴールッ!サイレンススズカ!1人の圧勝ッ!これはレースなのか!?本当に同時に走り出したのか!?』
『まさかこのような走りをするウマ娘がいたとは……驚きを隠せません』
『大きく遅れて二着、三着、掲示板にようやく結果が出ますが、もはや勝者が誰か、疑う余地はないでしょう!』
「サイレンススズカは最終コーナーで無理な攻めをやめた。その前の時点で突き放して最終コーナーを流し、最後のストレートで残りの末脚を叩き込む。自分でこれに気付いた時点で、サイレンススズカは無意識ながら後続にトドメを刺せる走り方を出来るようになった」
「君が教えたんだろう?」
「いいえ、サイレンススズカの足が自分で身に付けただけです。あとは序盤からレースペースを引っ掻き回すだけの初速とスタミナを鍛えていけば、サイレンススズカには誰も追い付けない」
その証拠は、この中に。
フユミは持っていたカバンをハルヤマに投げ渡すと、レース場を後にする。
「待てよ。どこに行く?」
「さぁ?サイコロの出目次第ですかね。そのカバンの中身はこの合羽と交換ということで」
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