逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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二時ちょうどの、あずさ29号

ダイワスカーレットが濡れた封筒の中から慎重に出して広げた便箋。

そこには、サイレンススズカ宛の文章があった。

一目で、置き手紙だとわかる。

 

 

 

 

 

模擬レースに大差での勝利、おめでとう。

君のトレーナーも、この結果なら君の走りを信頼するハズです。

あとは自分で君のトレーナーにちゃんと自分のペース、自分の走り方で走りたいと言うことです。

それでもダメならたづなさんなり理事長なり会長なり知人なり、他の人にも頼りなさい。

誰も揃いも揃って悪いようにはしないハズです。

君は言葉で思っていることを言わないで、突然爆発する悪癖があります。

あとのことはどうでもいいので、それだけは直しなさい。

君が希代の優駿として名を馳せることを、僕は信じています。

トレーナー見習いとして、サイレンススズカという未来の優駿に少しでも関われたことは、僕の僥倖でした。

惜しさで、無意味に言葉を並べてしまいそうですが、この便箋の最後の行が迫ってしまいました。

便箋の終わりが来てもなかなかさよならが書けそうにありません。

このような形でしか手紙を終われない僕を、許してください。

ありがとう。おめでとう。それと、さようなら。

 

冬海

 

 

 

 

 

 

「遺書?」

 

読み終えたダイワスカーレットは思った感想を口にしたあと、しまったと口を手で塞ぐ。

しかし、既に手遅れだったことは、俯くサイレンススズカの髪越しの視線でわかった。

 

「とにかく、これを残したのはトレーナーにスズカ先輩をちゃんと見てもらいたいってことじゃないの?」

 

「それでよしなら、そこでスズカがお前を睨むと思うか?」

 

「あ、うん……いや、そうだけど……とりあえずスズカ先輩、着替えて着替えて!いつまでもずぶ濡れじゃ風邪引いちゃう!」

 

前の席と後ろの席の間のカーテンをダイワスカーレットはシャッと閉めると、ごそごそと物音がする。

ハルヤマはふと思う。

 

フユミトレーナーはどこに向かうか。

ヒントがどこかにないか、考える。

まず二択だ。

 

都内か、地方か。

都内に絞り、サイレンススズカの活躍を一方的に確認しやすい場所。

例えば、テレビ中継されないレースを観ようとするならどうするか?

ネット中継、という選択肢はその時点で詰むので外す。

浅草、錦糸町、汐留、後楽園、渋谷、新宿……

新宿はアクセス手段こそ多いが府中から一本で来る場所は選ばないだろう。

渋谷、後楽園、汐留は住むには高い。

錦糸町、浅草なら安い場所も近くにある。

そのどちらかの周辺だろう。

 

ただこれは今後の生活を考えた場合だ。

 

ダイワスカーレットが言ったように、遺書ならまったく違うだろう。

死出の旅路として新宿にまず向かい、ここで特急に乗るとしたら?

宇都宮、高崎、川越、箱根、逗子、上野か東京に行って新幹線……

ダメだ。

絞りきれたものではない。

どのみち、新宿駅の時点で捉えなければ、二度と個人で探すのは不可能だ。

しかし、新宿駅は世界最大のターミナル駅だ。

そこで、人っ子一人を探して捕まえる?

よくよく考えなくても無理だ。

ヒントが少なすぎる。

 

「……トレーナー……さん」

 

後ろから小さく、サイレンススズカの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

『本日、雨天の影響により松本行き特急あずさ29号は運転を見合わせております』

 

男1人で行く冬でもない信濃路はいまいち締まらないな、と思う。

荷物はカバンひとつ。

バイクは前もって予約していたので手早く片付いた。

だが、乗った電車が遅延して、さらに特急は運転を見合わせていて、どうしようもなくホームのベンチで身一つで座っている。

よくよく考えたら八王子のほうに行けばひとつ前の特急あずさに間違いなく間に合ったのに、わざわざ新宿駅に来たのはどこに行くかを、最後までずっと悩んでいたからだ。

 

一度くらいは特急あずさに乗ろうと思ったし、ロマンスカーも気になったし、宛のない旅路は未経験だったので仕方ない。

 

合理的な考えのない行動は、本当に難しい。

乗るのは特急あずさと決めたが、遅延しているので身動きは取れない。

駅弁は買ったが、駅弁はホームじゃなくて車内で食べたい。

 

松本まで行って、そこからどうするかは変わらず決まらない。

時間はまだある。

 

なんか飲もう。

 

自販機に向かおうとベンチから立ち上がると、向かい側のホームに人混みの少ない階段からここにいるハズのない少女が降りてくるのが見えた。

 

 

 

 

 

「……いた」

 

新宿に着いて、バラバラになって探そうと決まり、新宿駅に入ったサイレンススズカは隣のホームにジャケット姿のフユミトレーナーを見つけた。

走って階段をまた登り、隣のホームへと向かう。

特急のホームにいた彼は、そこから動かなかった。

 

言いたいことは、ある。

ありすぎる。

どれから言えば、いいんだろう?

何を言えば、いいんだろう?

わからない。

 

だから、彼の目の前に来ても、言葉が出なかった。

 

目頭が、また痛む。

息が、乱れていく。

胸が、苦しい。

手を、伸ばしたい。

 

「トレーナー……さん……」

 

伸ばした指先で、腕の袖を摘まむ。

待ってくれていた、と信じる。

一歩進み、彼に身体を預けて寄り掛かる。

頭に、彼の手が触れる。

ゆっくりと撫でてくれる。

優しいのに、優しくない。

 

「どうやって、ここに?」

 

「ハルヤマトレーナーが、ここまで送ってくれました……スカーレットが、着替えを……あとマヤちゃんが、私にこのホームを……って」

 

「そっか……みんな優しいな」

 

「トレーナーさんの手紙……読んだら……私もう、走ってて……」

 

「で、途中でハルヤマトレーナーが送ってくれたのか。君は周りに恵まれていたな、サイレンススズカ」

 

トレーナーの声は、いつもより淡々と、優しかった。

 

「どこに……行くんですか?」

 

「わからない。どこかには行くさ」

 

「行かないで……ください」

 

「……サイレンススズカ、手紙は読んだだろう?全て上手く行った。あとは」

 

「知りません!」




※全てマヤの勘でここまで来ました
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