逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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まだ過去語りダイジェストです。
二ページもうだうだ話してるし、鬱陶しかったなら引き続き「浸りすぎーーー!!!」とこのページを殴り飛ばして次のページへのゲートインをしていてください。


Kill My Mother

「僕が報せを受けた時、とっくに処置は始まっていた。話では、夜の道で倒れていたんだそうだ。診断は右脛骨疲労骨折、それだけじゃない。あちこちにダメージが蓄積していたことに気付けなかった。二人目は、マイル寄りの距離での高速展開のレースを特に得意にしていたから、殊更速く走らせていた上に、去った一人目が目標に定めていた菊花賞からの春の天皇賞というステイヤー最強の証を、代わりに自分が取りたかったと……僕が見ていないところでも走っていたそうだ」

 

無茶な話である。

長距離とマイルでは求められる素養がまるで違う。

その二人目は、魚でありながら陸を走ろうとし、鳥でありながら深海に潜ろうとしたようなものだ。

NHKマイルからの日本ダービーですら通称が「デスローテ」と呼ばれるのに、マイル距離からの菊花賞となれば距離差で言えば倍も開く。

はっきり言えば不可能だ。

デスローテよりは間が空くと言っても、そもそもが無理難題。

菊花賞の出走条件のために、結局は他のレースをハードスケジュールでこなすことも変わらない。

話からすれば、二人目はティアラ路線を目指すつもりだったはずだ。

ティアラ路線から最後に菊花賞へ脱線となれば、踏破者はゼロ。

そうでなくとも、クラシック三冠がまずほとんどが達成出来ない難関。

芝3000の決死行は、それほどに過酷な道だ。

常識的なトレーナーなら、言い出したウマ娘の頭を叩いて説教してでも止める内容だろう。

それをトレーナーに黙って菊花賞を走れるようにトレーニングしていたとなれば、どれほどの負荷となるかは、語るまでもない。

 

「僕のトレーニングの時点でも、今にして思えば過剰だったのに、更にオーバーワークをしていた反動は大きすぎた。その時には既にレースに耐えられる足じゃなくなっていたんだ。僕がやったことは結果的に、サイレンススズカの影に怯えて無理に走らせて、有望なウマ娘をタイトルすら取らせることなく擂り潰しただけだった。こうして二人目が欠けて、あとは僕と三人目だけになった」

 

そこから先は、一週間とかからなかった。

理事長は最後の1人と対面していたから知っている。

 

「翌日、三人目に二人目が二度とレースを走れないこと、ターフを去ることを僕は隠さずに伝えた。黙っていても仕方ないことだった。そして彼女は二日、寮の部屋に籠った」

 

親友が二人ともターフを去った。

残ったのは、彼女独りだけ。

二日程度の狸寝入りを、少なくとも事情を知っていたら、誰も咎められなかった。

寮長のヒシアマゾンも、さすがにこれにはお手上げだった。

 

「三日経って、彼女はチームを辞めることを僕に伝えたあとに、理事長室に乗り込み、理事長に学園から去ることを伝えて、騒動を聞き付けたシンボリルドルフにも別れを伝えて、彼女はそのまま学園から去った」

 

理事長は当時の三人目の剣幕を今も鮮烈に覚えている。

扉をいきなり開け放った彼女はズカズカと押し入り、退学届けを握った拳で殴るように渡してきたあと、こう言い放った。

 

 

「ここには夢なんてない……僕は……僕はエクリプスの影になるつもりも、エクリプスになるつもりも、ない!僕はエクリプスを、殺してやる!」

 

 

理事長はその紅い目を覚えている。

前髪で顔の片側を隠しているのに、その下に輝き睨む瞳が見えたのだ。

その瞳に見とれてしまった。

そして、気付けば彼女は理事長室から消えていた。

残っていたのは、流されるままに受け取った退学届けだけだった。

たづなさんが呆けている理事長を起こさなければ、ずっと忘我のまま立ち尽くしていただろう。

 

「サイレンススズカの背中を見て去った一人目と、ゴーストを追い彷徨った僕と、その僕のせいで去った二人目の背中を見て、この世界に絶望して、三人目はトレセン学園を去ると決めた彼女を、僕は追えなかった。追う資格がなかった。どうして追える?僕は信頼を勝ち取れず、目は担当の身体の状態もわからぬ節穴で、どうして引き留められる!」

 

最後の1人がトレセン学園を去った時点で、フユミのチームは自然に解散した。

マヤノトップガンがフユミを見つけて振り回し始めたのは、まさにその頃だ。

マヤノトップガンがいなければ、とっくに……

たづなさんはしまい込んでいる彼の出した封筒を思う。

 

「最後に言われたよ。『トレーナー、ありがとう。僕は夢から覚めた。僕は、僕のやりたいことを見つけた』と。今でも、彼女の黒い前髪の下から見えたあの紅い目が忘れられない。僕の夢は、この時に覚めた。今いるここは、現実だ。この現実は、現実を知った僕が立つにはあまりにも、力が足りなかった」

 

 

 

 

 

 

「つまらない昔話だった。昔というには最近過ぎるこれが僕の現実で、僕にサイレンススズカを預けるのが、本当に正しいと思うのか?」

 

フユミからの最後の言葉は、その場の全員が口をつぐむには充分だった。

それでも、ひとまず保健室で寝かしているサイレンススズカが起きるまでは、と保健室の中に戻ったフユミを追える者はいなかった。

マヤノトップガンすら、しょんぼりしてどうしたらいいか悩んでいた。

それでも、保健室の外から立ち去る気にもなれず、全員がそこに残っていた。

ただ、その場にいる全員にどうしようもなかった。

 

 

 

 

 

 

「……トレーナー、さん」

 

保健室の冷蔵庫からリンゴを取り出して、ナイフと皿を棚から出し、サイレンススズカの眠るベッドの隣に丸椅子を置き、そこに座って気まぐれにリンゴの皮を剥き始めて、半分ほどまで途切れずに皮を剥いた頃のこと。

ぽつりとサイレンススズカは、目を閉じたまま呟いた。

 

「……トレーナーさん?」

 

うっすらと目を開いて、もう一度。

どうやら寝言うわ言の類いではなかったらしい。

 

「起きたか。身体の具合は?」

 

「大丈夫です。ただ、トレーナーさんと話さないと……そう思って」

 

「僕も謝らなければならないことがある。ゴールした君を、ちゃんと出迎えて一から話をするべきだった。すまなかったな」

 

「構いません。トレーナーさんが不器用なのは、わかりましたから」

 

サイレンススズカは言いながら、ベッドからゆっくり身を起こす。

 

「私からの話も、聞いてもらえますか?」

 

「どうぞ」

 

それまで剥いてきたリンゴの皮が、次のサイレンススズカの言葉で千切れてゴミ箱にまとめて落ちた。

 

「ウマ娘の耳って人より聴こえる、って知ってますか?」




はい、フユミトレーナーによるうだうだ過去語りダイジェスト版でした。
この作品の本題であるスズカさんを愛でたり、マヤノエルをあがめたりするのに不要な二ページにお付き合い頂き、ありがとうございました。

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