逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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スズカの激怒/Suzuka's rage

ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!

 

サイレンススズカは今まで生きてきて一番激昂していた。

自分が走り過ぎで倒れて、気を失って、近くの登山客向けの宿で寝かされて、宿代は既に支払われていて、置き手紙で『とりあえず一日、奥多摩の山奥で頭を冷やして羽を伸ばして、次の日にトレセン学園か実家のどっちに帰るか夕方までに決めなさい。小遣いと電車賃はこの手紙と一緒に置いておく。宿代は気にしないように』と残されて、起きた時には次の日の朝で、ふっかふかの布団で熟睡したせいかすっかり身体が軽くなって、広々とした大浴場も朝から入れて、散歩代わりに周りを軽く走ったら気持ちよくて、走ったあとのお風呂もまた気持ちよくて、今までの身体にへばり付いていたような重さはなんだったのかと思うほど伸び伸びとして、思わず浮かれてしまったあとに、改めて文章をよく見たら明日の夕方までにトレセン学園に戻らなかったら自主退学を選んだことになると気付いて、勝手に進退を賭けられていることに、なんだか無性に苛立って次の日に朝イチ始発の電車で府中まで戻り、トレセン学園の門をくぐり、カツカツと蹄鉄の音を鳴らしながら宿の人が洗ってくれて普段ならしないふんわりとフローラルな香りのするジャージ姿で突き進むサイレンススズカは、外から見てもいつもと明らかに様子が違った。

 

たまたまその姿を見かけたタマモクロスは、春天でうっかり地雷を踏み抜いた時のスーパークリークよりも恐ろしいものを見たと語り、知己であるマチカネフクキタルはサイレンススズカの姿にこの世の終わりを予感したと怯え、マンハッタンカフェとおぼしき姿のウマ娘がサイレンススズカとすれ違った瞬間に霧散したと都市伝説になるほど、明らかに怒髪天を突いたほどの激昂だった。

 

何にここまで苛ついたのかわからない。

サイレンススズカは人並み以上に、常識を持っている。

親切にされた、ということはわかっている。

身体の憑き物が落ちたような感覚は確かにある。

しかし、なんだか無性にイライラするのだ。

どうして、ここまでイライラするのかわからない。

 

感謝をいくら述べても足りないと、自分でも思っているのにだ。

 

気付けばサイレンススズカは、理事長室の扉を破るように開けていた。

 

「驚愕ッ!」

 

相変わらず頭に三毛猫を載せている小さい理事長が、いきなり開いた扉に驚いて振り向く。

そして振り落とされそうになった三毛猫が思いっきり爪を立てる。

 

「激痛ッ!」

 

絶叫しながら猫ごと頭を押さえて屈む理事長の前まで、サイレンススズカはズカズカと押し入る。

本人はただ立っているつもりだが、完全に仁王立ちだ。

手を組んで指でも鳴らせば間違いなく世紀末救世主伝説な1シーンと化している。

確保されたのは紅華会ではなく理事長だが。

 

「確認ッ!君はサイレンススズカだな!」

 

「はい、サイレンススズカです」

 

「ここへ来た、ということはまだこのトレセン学園、ひいてはトゥインクルシリーズを走る意志がある!そう解釈するぞ!」

 

「それは、わかりません」

 

「困惑ッ!ならば何故ここに来た!?」

 

「なんだか、無性に腹が立っているので」

 

「戦慄ッ!私が何か怒らせることをした覚えは」

 

「はい、理事長には怒ってません。このトレセン学園に見習いのトレーナーで新聞屋さんが乗ってそうなバイクに乗ってる胡散臭い笑顔の若い男の人は誰ですか?その方を確認出来ればここに用はありません」

 

「特定ッ!その者ならばッ!」

 

「ここにいるよ」

 

不意に後ろから声がして、サイレンススズカは振り返る。

間違いない。

にこやかな顔でやぁ、と手を上げるこの能天気そうな男を、サイレンススズカは間違えようもない。

この何を考えたら担当でもないのに学園から脱走したに等しいウマ娘である自分を、たまたま見かけただけでバイクで追いかけ、奥多摩の入り口までわざわざ付き合って、挙げ句に倒れたら宿に放り込んで自腹で泊まらせて、リフレッシュしたら好きにしろなどと置き手紙を小遣いと一緒に残すような真似をするのか、意味がわからないことをする胡散臭い笑顔の男を、見間違えるハズもない。

見習いとはいえトレーナーということすら疑わしかったが、ここにいるということは間違いなくトレーナーだ。

 

サイレンススズカの堪忍袋の緒が、弾け飛ぶように千切れた。

 

サイレンススズカは気付けばトレーナーの前に一歩踏み込み、右手を横薙ぎで振り抜いていた。

ずっと拳を握っていたのを開いて、ビンタにしたのはサイレンススズカに残っていたギリギリの理性だった。

 

「……いったぁ……ウマ娘のビンタは頭にまで響くね。首ごと持ってかれたかと思った……いてて……」

 

やってしまった。

扉の外、廊下に横倒しで倒れて軽く笑いながら痛がり頬を擦る男の姿に、サイレンススズカは、一気に血の気が引いた。

見習いと言っていたが、誰かのトレーナーかも知れない人を、ウマ娘である自分が殴った。

その事実の重さを、一気に実感して、足元から崩れる。

 

「……ごめん……なさい……っ!ごめんなさいっ!」

 

「おいおいおい、殴ったほうが泣き崩れてどうする。まぁいい、とりあえず話をしよう?な!?」

 

一方的に殴っておいて、ごめんなさい以外の言葉が出てこなくなった自分をソファまで歩かせ、座らせて、自分が泣き止むまで付き合うこのトレーナー見習いは相当なお人好しかお節介焼きなんだろうな、と思いながら、それでもサイレンススズカは泣き止むことが出来なかった。

理由は、正直に言えばわからない。

ただ、今の自分が滅茶苦茶で支離滅裂ということだけはサイレンススズカの中でもハッキリしていた。

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