逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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Junior Stage
インペリアル・オーディエンス


「さて……模擬レースを圧倒的大差で優勝したあと、そのまま学園を飛び出した理由はわかった。ライブも君の不在はレース後の不調を理由に、センター不在でなんとか乗り切ったのでそれも問題ない」

 

週の明けた月曜日のこと。

生徒会室に呼び出されたサイレンススズカはシンボリルドルフからいくつか問い質されていた。

シンボリルドルフからすれば、模擬レース後に行方不明になったかと思えばあっという間にサイレンススズカの担当がフユミに変わっていて、完全に置き去りになっていたのだ。

一着だったサイレンススズカの不在をどうするか、ライブの調整をしたが誰もがセンターをやりたがらず、仕方なくセンター不在というある意味では印象が強烈過ぎるライブをやることになってしまった。

しかし、センターを断った皆は責められない。

あれほどの大差で決着をつけられて、その上で代わりにセンターをやれと言われるのが、どんな心境になるかは察して余りある。

だからこそ、こうしてサイレンススズカに事情の確認を取らねばならない。

 

「つまり君はここを去るつもりだったフユミトレーナーを追い掛け、様々な人の助けもあってなんとか追い付き、彼をこのトレセン学園に引き留めた。そもそも模擬レースも、言ってしまえば彼のスカウトを得るためだった。そういうことでいいのかな?」

 

「はい」

 

サイレンススズカの返事は、短いが確かで力強い。

シンボリルドルフは、どうしてもサイレンススズカがそうしてまで求めたトレーナーと、あの紅い目をしたウマ娘の元トレーナーが同じ人物とは思えなかった。

この場にエアグルーヴがいたなら、『スズカは思い立ったら突然何をするかわからないところがある』くらいの一言があっただろうが、この場にエアグルーヴはいない。

ここにいるのはシンボリルドルフと、サイレンススズカと、たまたま顔を出していたのでそのまま捕まえたナリタブライアンだけだ。

 

「事情は委細承知した。君にとってフユミトレーナーは、それほどの替えがたい傑物であると……そう思っているのだな」

 

「んー……そんな固い言葉じゃなくて……」

 

「フン……アンタはいちいち言葉が大仰だ。サイレンススズカ、お前はそのトレーナーじゃないと嫌だったんだろ?」

 

言葉に悩むサイレンススズカに、ソファで思いっきり背もたれに寄り掛かって天井を見上げるナリタブライアンが出した助け船はどうやらピタリと当てはまったらしい。

サイレンススズカは頷いて、それから自分の言葉で話し始める。

 

「トレーナーさんは、私の走りを信じてくれました。私の走りを貫けば、私は勝てる。そう信じてくれる人は、トレーナーさんが初めてでした」

 

「もっとシンプルに言ってやれ。じゃないとそこにいる皇帝はウダウダと裏読みを始めるぞ」

 

ナリタブライアンの忠告に、サイレンススズカは改めて言い直す。

 

「……私は……トレーナーさんが信じる私の未来を、信じます!」

 

サイレンススズカの言葉に、シンボリルドルフはそうか、と半ば生返事をするしかなかった。

シンボリルドルフにはどうしても、あの血染めの瞳がちらつくのだ。

サイレンススズカは、あの仄暗い瞳を振り払えるのだろうか。

 

「そうか……時間を取らせてすまなかった。次のメイクデビュー戦は期待している」

 

「はい」

 

サイレンススズカは生徒会室から一礼して出ていく。

その姿を見届けたあと、シンボリルドルフは眉間にシワを寄せる。

その様子に、ナリタブライアンは呆れたようにソファに寝転がる。

 

「なぁ、そこまでアンタが疑っているのはサイレンススズカのことじゃないんだろ?本人を呼んだらどうだ?」

 

「やはり、そう思うか?」

 

「当たり前だ。アンタは役者としちゃ一流だが、インタビュアーとしちゃ二流だ。最初から本人に訊けばいい」

 

目を閉じて寝ながら言うナリタブライアンに、シンボリルドルフは苦笑した。

確かに、もっともな話だ。

フユミトレーナーを直接、自分で確かめたほうが早いに決まってる。

それが出来なかったのは、何故だ?

シンボリルドルフは、フユミのところへと向かうことにした。

生徒会室から出ながら、シンボリルドルフはソファでごろ寝するナリタブライアンのほうを見る。

 

「そうさせてもらう。ブライアン、留守を頼みたい」

 

ナリタブライアンは、軽く手を挙げてひらひらと振った。

 

 

 

 

 

 

「で、皇帝自らこんな離れ小島みたいな部屋に乗り込んできたと」

 

フユミのいるチームルームはチーム棟の一番奥。

フユミに用がなければ絶対に近寄らないだろうところに、シンボリルドルフは乗り込んだ。

本当に最低限のものしかない殺風景な部屋の中、デスクでノートパソコンのキーボードを叩いていたフユミは、シンボリルドルフの来訪に少しだけ驚いたあとに、壁に掛けていたパイプ椅子をひとつ取って、広げてから置いて差し出す。

長話になることは、どうやらお互いにわかっているらしい。

 

「私も君への偏見が、自分にはないとは言わない。むしろ今も、ハッキリ言えばサイレンススズカを導けるようなトレーナーとは思っていない」

 

「ごもっともだ。僕は、言ってしまえば将来の優駿三人の未来を摘んだ大罪人だ。そこは否定しない。そして、現在も未来も、そして過去にも自分が優秀なトレーナーだなんて思うようなことは、断じてない」

 

彼は、自分自身の外聞を的確に認識している。

全くもってその通りで、本来ならトレセン学園を去っていたハズの人間だ。

それを、サイレンススズカが引き留めただけのこと。

それだけの現状認識がありながら、サイレンススズカに引き留められるがまま、彼はここにいてサイレンススズカの担当になるという。

どれだけの言葉で表に裏に罵られ嘲られるか、想像出来ないわけではないだろうに。

 

「それなら、なぜ一度は去ろうとしたここに戻り、サイレンススズカの担当になると決めた?」

 

「サイレンススズカが願ったから、では不服だろうか」

 

随分と言葉足らずで説明になってない、説得力に欠けた言葉が出てきたものだとシンボリルドルフは思う。

 

「不足だ。君は、サイレンススズカを導けるような優秀なトレーナーではないと自覚している。それでいながら、サイレンススズカの担当になるなど、サイレンススズカの未来を考えた選択肢と思えない」




サイレンススズカの誕生日にサイレンススズカ本人があまり出てこない回をバクシンするサイレンススズカの話があるらしい。
ゴルシ祭と乳中海を往復しながらなのでバクシン性能がた落ちだけど許して……

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