逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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「君にしたら、言葉を連ねた程度で納得するようなことではないだろう。僕が無能なトレーナーである証拠はあれど、それを覆す証拠も論もない。ましてや、君からしたら僕はトレセン学園を早々に去ってほしい人間だ。そうだろう?」

 

それでも、とフユミは言葉を続ける。

シンボリルドルフの正面に向き合いながら。

 

「サイレンススズカは僕を、いや……僕が愚かしく三人もウマ娘を潰してまで見ていたサイレンススズカの未来を信じた。僕は曲りなりにもトレーナーだ。トレーナーである僕を信じるサイレンススズカから、逃げられない。逃げ出すわけには、もういかない。それ以上は、言葉にするだけ虚しい」

 

シンボリルドルフはフユミの目に、見覚えがあった。

見覚えがあったからこそ、納得と苛立ちが綯交ぜになる。

 

「では、君はなにをもって語る?」

 

答えは、もうわかっている。

これは、ただの確認事項だ。

馬鹿馬鹿しいやり取りだが、それでも訊いておきたかった。

シンボリルドルフの予想通りの答えで答えられたら、喜ぶべきか、苛立つべきか、今はまだ決められない。

 

「ターフの上にいる彼女、その走りは僕や彼女の口より雄弁だと思う。僕達のことを一番わかりやすく話せるのは彼女の足と、その蹄跡だ」

 

シンボリルドルフは僅かな苛立ちを含んだ納得をもって、席を立つ。

部屋を出るために歩き出して、口は開かなかった。

問答は、もはや無用だ。

そして口から出かかったこの言葉は、このささやかな苛立ちは、吐き出さずに持ち帰りたい。

 

「茶も菓子も出ない無愛想で悪かった」

 

その背中に、フユミが見送りの言葉を言う。

 

「構わない。この先は、ターフで訊くことにする。ただ、ひとつだけ君の口からしか訊けないことを訊く」

 

「どうぞ」

 

背を向けたまま、シンボリルドルフは問う。

今、フユミの顔は見たくない。

いや、フユミに顔を見られたくないのかもしれない。

 

「君にとって、トレーナーとは……なんだ?」

 

「…………傘。正しいのかは、わからないけど」

 

これが答えを考える、というより言うか悩んだのか、少しだけ間が空いたあとに出た彼の答えだった。

 

「……そうか。その真意は、私なりに考えることにする。それでは」

 

 

 

 

 

 

 

「あの、会長とすれ違いましたが……」

 

シンボリルドルフと入れ違いに、紙袋を持ったサイレンススズカがチームルームに入ってきた。

どうやら、ハルヤマのところに置きっぱなしにしていたものを取ってきたらしい。

 

「あ、さっきハルヤマトレーナーがこれを、と」

 

その予想は違った。

紙袋がサイレンススズカから差し出されて、少し意外に思いながら受け取る。

中身はなんだろうと見ると、包装紙に包まれた箱が見える。

どうやら、菓子折りのようだ。

これで中身が鰹節や醤油とかだったら間違いなくコケる。

洗剤だったらここでの使いようが多々あるので、地味に嬉しいがそんな実用品なら自分のところで使うだろう。

 

メモ書きが挟まっているのが見えたので、取って読んでみる。

 

 

『年頃の少女が出入りする部屋に甘いものひとつないとか、どうかしてるぞ!』

 

 

「……サイレンススズカ、何かハルヤマから訊かれたか?」

 

「この部屋のことを少し訊かれました。この部屋に茶菓子は見たか?と。そのあと、部屋の中からこの紙袋を持ってきて、渡してくれました……休憩の時にでも、と」

 

サイレンススズカの言葉で、ハルヤマがこれを渡してきた理由は察した。

この部屋の物の無さを見越して、用意したのだろう。

 

「とりあえずこれは蓋を開けて、テーブルの上に置いておこう」

 

紙袋の中から箱を出して、包装紙を外して、中の箱の蓋を取る。

 

「……確かに、休憩の時に便利だな」

 

「……かわいい柄のタオルですね」

 

「……しばらくしたら、ダイワスカーレットが走ってくるだろう」

 

サイレンススズカが呟いた通り、小さな花柄が所々にあるいろんな色のタオルが畳まれて入っていた。

どっちがどう間違えたのかは、わからないが。

 

息を切らしながら廊下をバタバタ走ってきたダイワスカーレットが「間違えました!ごめんなさい!」と言いながら部屋に飛び込んできて、改めて菓子詰めの箱を渡してきたのは、それから少しあとだった。

 

 

 

 

 

「さて、次のメイクデビュー戦だが……正直に言えば君のやることは模擬レースの時と同じだ。好きに走れ。ここでダメでも次はあるが、一発で決まればそれだけ負担が減るし次に繋げやすい」

 

「はい」

 

ダイワスカーレットがペコペコと頭を下げながら戻っていったあと、ミーティングを始めるが、メイクデビュー戦の対策は考えるまでもなく、答えは出ている。

サイレンススズカがすべきことは、走って逃げる。以上。

ターフの中に策を持ち込んで勝てるようなら、サイレンススズカはここにはいない。

唯一の懸念は招き猫だが、ここでそれを言ったところでサイレンススズカの調子が良くなるわけではない。

 

「メイクデビュー戦は芝2200と、少し長めだ。といっても、2400でマヤを相手に差し返した君を止められる者がいるとは思えないが、まずはここをキッチリ勝っていこう。ここを勝たないことには、次の出走予定が立たない」




次回は「死闘!迫り来る招き猫」の予定です。
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