逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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the gong of knockout

「さて……今日からの練習目標は芝2400で残り400区間のタイム30秒を切る。全体の目標タイムは……2:42としておこう。残り400の目標を二度達成するか、タイムオーバーを二度出したら、足の具合を見せに来るように。いいな?」

 

「はい」

 

グラウンドでサイレンススズカに指示を出してから、フユミは振り返る。

今日は随分と訪ねてくる者が多い日だと、フユミは思う。

声をかけられるのを待っているのか、ノートとペンを手にそわそわとしているスーツ姿の女性が少し離れたところにいて、ちょっとだけ煩わしい。

 

「えっと、記者さんだっけ?」

 

「月刊トゥインクルの乙名史です。模擬レースを観ましたよ。レース後のウィニングライブを体調を理由に辞退しましたが、その理由は?」

 

「ずっと逃げ足を封じていた状態から、久しぶりに段階もほとんど踏まず、実戦で好きに走らせたんです。経過観察は必要でしょう」

 

外向けの理由は事前に打ち合わせておいた。

誰に訊いても、同じ答えになる。

 

「これからトゥインクルシリーズに挑むのは間違いないですが、クラシックはどのようなローテで挑みますか?」

 

「僕が先に言うと、彼女はたぶん「では、それで」と言ってしまうので、先に彼女の希望を訊かないと決められません」

 

いちおう、既に頭の中に大筋で決めた予定自体はあるが、サイレンススズカの希望次第でまるごと不採用にするつもりだ。

 

「では、サイレンススズカさんと一緒にお話を聞きたいので……そうですね、一時間後にここに戻ります」

 

「……一時間後ですか」

 

「はい、それではまたあとで」

 

そう言って、乙名史は頭を下げたあとに去っていく。

一時間後に一段落付くと、確信しているというのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「会長……会長?」

 

生徒会室に入ったエアグルーヴは窓から外を見たまま微動だにしないシンボリルドルフの姿に戸惑う。

さらに呼ぼうとしたエアグルーヴに、ナリタブライアンが肩に手を置いて制止する。

 

「やめとけ。触らぬ皇帝に祟りなし、だ」

 

「いったい、何が?」

 

「サイレンススズカの新しいトレーナーに、だいぶやりこめられたらしい」

 

背中しか見えないが、まるで冬の中山に向かう時のような気配を感じた。

はぁー、と長く息を吐く。

右手を少し挙げ、何かを握り潰すように手を握り込む。

そして、右腕を下に振り下ろした。

振り向いたシンボリルドルフは、ターフの上でしか見ないだろうほどの決意の籠った目をして見えた。

 

「……すまない、何か用だったのだろう?」

 

「はい、簡易シャワールームで水漏れを起こしているシャワーがあるので、それを修理か交換する必要があると」

 

「わかった。すぐ業者に連絡をしよう」

 

目以外は、いつもの会長だ。

だが、その目は明らかに一度目の有馬記念に挑む時にしていた目だ。

 

「……フユミトレーナーが相当、癪に障ったようですね」

 

「……久しぶりに見た。あんな目をしたトレーナーは、な」

 

エアグルーヴの言葉に、少し驚いたあとにシンボリルドルフは苦笑する。

エアグルーヴはトレーナーという存在を煩わしく思っているが、シンボリルドルフはそうではない。

むしろ、この学園でトレーナーの存在を一番重く見ているだろう。

口酸っぱくトレーナーの必要性を説かれているエアグルーヴはそう思う。

もっとも、深読みしたら自分のトレーナーへの惚気だろうな、と思わなくもないのだが。

 

「過去に見覚えがあってな……あんな目をするトレーナーが、他にいたことが喜ばしくもあるが……」

 

「何か思うところが?」

 

「……なんだろうな。どうにも言葉にしにくいが、自分が少し子供じみた感覚で苛立ったのはわかる。喜ばしいハズなのに、苛立った。ままならないものだな」

 

エアグルーヴは少し困ったような顔をしながら、苦笑しているシンボリルドルフがどうにもわからなかった。

トレーナーの一人に気分を振り回されるとは、皇帝という有り様とは少しズレたものに見えたのだ。

 

「……ふん……会長、アンタは今日はもうこの部屋から出ろ」

 

「ブライアン?」

 

「トレーナーのとこに行ってこい。残りは片付けといてやる。エアグルーヴが」

 

「待て!その流れで何故、私に投げる!」

 

「……そうだな。今日は先に出ることにしよう。あとは任せた」

 

「会長!ちゃんと最後まで聞いてました!?」

 

なんてことないと言わんばかりに無責任に言い出したナリタブライアンと、さらっと話に乗るシンボリルドルフに振り回されて、エアグルーヴは頭を抱えた。

そしてシンボリルドルフと一緒に生徒会室を出ていこうとするナリタブライアンの首根っこは逃さずに捕まえた。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、こりゃ招き猫の悪魔よりは絵になるっすね」

 

原稿に同封された写真を見た金髪ヤマアラシの若手は思う。

跳ねた泥と降り頻る雨にまみれながらも、最後のストレートに突撃した瞬間のサイレンススズカのまさにその一歩目を撮った写真は、そのまま表紙に持ち込める一枚だ。

乙名史がピックアップしたサイレンススズカは、どうやら手持ちのデータで見えた一発限りの凡走者ではないらしい。

いくら模擬レースとはいえ、ここまでの圧倒的大差はそうそう出るものではない。

書かれているインタビュー記事の内容に改めて触れる。

どうやら模擬レース前に、このインタビューを受けたトレーナーに担当が代わったらしい。

そのトレーナーはサイレンススズカのメイクデビュー戦のことについては、ただ一言しか答えていない。

 

 

「彼女はメイクデビュー戦で躓くようなウマ娘ではありませんので」

 

 

この強気なインタビュー記事を含めたサイレンススズカ特集を後半2ページに改めて差し込んだメイクデビュー戦記事が収録された月刊トゥインクルの原稿が輪転機を回し、市井に出たのは折しもメイクデビュー戦の三日前。

月刊トゥインクルは次のメイクデビュー戦は、サイレンススズカの勝ちに賭けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「来ましたね、スズカさん!まさかメイクデビュー戦で戦うとは思いませんでしたが!」

 

「フクキタル」

 

メイクデビュー戦前のサイレンススズカの控え室に顔を出してきたのは、モチコミゴミキタルもといマチカネフクキタルだ。

幸いにして今回は、持ち込みごみもといおみやげはない。

 

「スズカさん!あなたの走りはこのフクキタル、充分に見知っております!この前の模擬レースも、なんら驚きませんでしたともッ!」

 

ですがッ!と前置きしたあとにズビシッ!と音が聞こえそうな勢いでマチカネフクキタルはサイレンススズカを指差す。

 

「今日の私は超絶大吉ッ!ラッキーアイテムである、この前の模擬レースで14人抜きした時の蹄鉄の用意もバッチリ!よって!今のマチカネフクキタルは超絶無敵ッ!たとえスズカさんでも差し切ってみせますともッ!」

 

「そ、そう……」

 

「それでは、勝敗は芝の上でッ!」

 

「えぇ、またあとで……」

 

そう言って嵐のように現れて去っていったマチカネフクキタルの背中を見送ったあとに、ずっと無言でタブレットをいじっていたフユミは呟く。

 

「なんで招き猫背負ってたんだ?あれ」

 

「さぁ……」




ゴルシ祭でゴルシ育ててるけどファン人数遠い……遠くない?

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