逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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たぶん、続きを書くのが一番の返事だと思うのでバクシンします!


アービター・チェック

『スタート!って、えっ!?』

 

実況が驚いた。

その前に観客席がどよめいた。

他のウマ娘も、ゲートが開いて走り出した瞬間に見た。

 

既に、サイレンススズカが飛び出している!

 

出遅れていない自身の出遅れに、他のウマ娘の脳裏を嫌なイメージが過る。

 

サイレンススズカに競り合いもなく振り切られる。

サイレンススズカの前をなんとか蓋をしなくては。

このまま走られたら、差せる射程範囲から逃げられる。

 

前回の模擬レースのサイレンススズカの走りを全員が知っている。

だからこそ、ほぼ全員がサイレンススズカに追走した。

このレースの展開はサイレンススズカの独り勝ちか、サイレンススズカが凡走して沈むかのどちらかしか有り得ない。

マチカネフクキタルがダンゴをまるごと突き刺す可能性はあるが、マチカネフクキタル相手ならまだ終盤で競り合える可能性は残る。

 

ただし、サイレンススズカは違う。

 

中盤で振り切られたらその時点で勝敗は決まる。

その証拠が前回の模擬レースだ。

 

今回のコースは芝2200だが、その実はサイレンススズカを相手にした前半芝1200と後半芝1000のヒートレースだ。

 

前半でサイレンススズカに振り切られず後半への参加権を取り、後半のサイレンススズカとのスプリント勝負に挑むのを基本方針とした上で、他のウマ娘達とそのトレーナー達はレース展開の予定を組んでいた。

 

それが、スタートの時点でケチが付いた。

 

サイレンススズカの前だけ、ゲートが早く開いたんじゃないかとすら疑った者もいた。

無慈悲にも、ゲートが開く時間のタイムラグはない。

 

『はっ!ハナを奪ったサイレンススズカ!強烈なスタートダッシュを決めた!他のウマ娘も追走!サイレンススズカの後方に集団が一塊、その後ろにシンボリルドルフが外から付けている。マチカネフクキタルは最後方!』

 

ともかく、他のウマ娘は追走した。

その外側に大きく外れて、シンボリルドルフは後方に位置取り、サイレンススズカと他のウマ娘の集団を斜め後ろから見る形になる。

スタートが下り坂で始まる、このレース。

スタートして、ここから加速していく段階での下り坂は、勢いが乗りやすい。

今回のレースはサイレンススズカがいなくても、高速で動いていくレース展開になっただろう。

その上で、今回は前にサイレンススズカの背中がある。

追わなければ、と躍起になる者は当然出てくるし、この集団がそれで解れ始めたらその後ろで焦りが出る者もいるはずだ。

 

もっとも、サイレンススズカはそんなことは全く気にしていないだろうが。

 

サイレンススズカを差せるように位置取り、なおかつ自分のペースを乱さないで走る。

改めて難題だと、シンボリルドルフは思う。

外側から俯瞰しているだけならともかく、自分でサイレンススズカを周りに振り回されずに追えとなると、なかなかの強敵だ。

一度だけやり合った、友人との冬の中山での決戦を思い出す。

あの時、最後は遮二無二追い掛けレースのいろはも外聞も何もかも投げ捨て鍔迫り合い、ようやくタッチの差だった。

 

サイレンススズカも、彼女の同類だろうか。

 

今のところ、先頭のサイレンススズカはスタートで前に出たアドバンテージを維持している。

徐々に加速しているのは、前回と同じ。

ただ、今回は模擬レースの時のような露骨なトップスピードへの加速ではない。

常に加速しており減速こそないが、二番手がある程度離れると加速度が緩やかになっているように感じる。

スタート時からここまで、さほどリードを広げていないのは、他のウマ娘がまだ追随出来るペースの速度だからだ。

サイレンススズカは、まだ本気ではない?

まさか。

そのようなブラフを考えている上でこのペースだとしたら、サイレンススズカを差すのは難題どころではない。

 

 

 

 

 

 

 

「むー……カイチョーずるーい」

 

椅子に座るフユミの膝の上でマヤノトップガンが怒る。

ジタバタ暴れたりはしないので周りに迷惑はないが、マヤノトップガンは怒っている。

 

「あんな特等席で実際のレースでのスズカちゃんの走りをタダで観るなんてずるいよー!マヤもあそこ走りたーいー!」

 

「確かに、最初から最後までレースを観るならあそこ以上の特等席はないか」

 

シンボリルドルフはスタートの競り合いに参加しないで後方に控えた。

もっとも、主戦場となってるラインから遥か外側にいるので競り合いもなにもないのだが。

あれが、レースしに来た走りではないことはスタートから1ハロンでわかった。

サイレンススズカと他のウマ娘がどうレースするかを特等席で観たいだけだ。

サイレンススズカを差しに行く気があるなら、スタートの時点でもう少し前目に付けたハズだ。

今回のレース、シンボリルドルフのことは考慮しなくていい。

 

一番の問題は、この状況で招き猫を背負った影が一番後ろを走っていること。

サイレンススズカを追走する集団がどこで解れるかで、レース展開はまるで変わってくる。

 

「マヤ、誰が勝つと思う?」

 

膝の上にいるマヤノトップガンの頭を撫でながら聞いてみる。

なまじっかな占いより、マヤノトップガンの直感のほうがよく当たる。

 

「……スズカちゃんが勝つよ」

 

マヤノトップガンにも贔屓目はあるらしい。

そう思ったあとに、マヤノトップガンは呟いた。

 

「ただ……あの招き猫さんが、こわい」


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