逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「シぃいいいラぁあああああオぉおおおおおおおおキぃいいいいいいいいいさぁああああああああああまあああああああああああああああっっつつつ!!!!!」
どこからが口から出ていた叫びか、マチカネフクキタル自身はまるでわかっていない。
ただ、マチカネフクキタルのトンチキな絶叫は、本人の予想しないところで周りのウマ娘達を竦ませるという効果を上げたッ!
他のウマ娘達が竦んだその瞬間、マチカネフクキタルの前にシラオキ様の導く道がより濃く見えたッ!
マチカネフクキタルの背負う招き猫の目が光るッ!
まるで、マチカネフクキタルの末脚が光るその予兆のようにッ!
『マチカネフクキタル!ついに火を吹いたッ!最後尾から一気に集団の中を進むッ!叫ぶッ!突き破るッ!吼えるッ!飛び出すッ!実況する私の言葉すら追い付けませんッ!前にいるサイレンススズカまでは7バ身先だぁーっ!』
外から他のウマ娘を次々に追い抜き、二人並ぶ隙間もぶち抜き、前を行くサイレンススズカの姿をマチカネフクキタルは捉えた。
マチカネフクキタルはここから一気に駆け抜ける。
前にサイレンススズカしかいない、コーナーはこれが最後、抜けたあとはストレートのみ。
腰に提げた大吉の絵馬の裏、そこにマチカネフクキタルは今回のレースの覚悟を文字にしてある。
スズカさんに差し勝つ!
その白い背中に、マチカネフクキタルは迫るッ!
最後のコーナーをサイレンススズカのコースよりもタイトに内を攻め、ストレートに出たッ!
その瞬間だった。
サイレンススズカとマチカネフクキタルの間にある内ラチ柵の柱の数が、明らかに増えた。
マチカネフクキタルは全力で走るッ!
足はちゃんとターフを掴んで、横の柵も観客席も、後ろに流れていく。
なのに、サイレンススズカの背中だけが近付かない。
サイレンススズカの背中を捉え、あとは横から差し切るだけで勝ちなのに、そのサイレンススズカの背中がいくら走っても近付かない。
本当にターフの上を走っているのか?
実は自分はランニングマシンの上を走っているんじゃないのか?
前にいるサイレンススズカは幻で、実は既に本物は抜き去ったのか?
シラオキ様の示す道が、見えない。
『おおっとっ!?サイレンススズカが!?サイレンススズカがここで加速した!?ずっと先頭で他のウマ娘を突き放していたサイレンススズカが!?更に加速した!?猛追するマチカネフクキタルを振り切り突き放すッ!追い縋るマチカネフクキタル!5バ身差を詰められないッ!』
道が見えないのは、自力を見せろということか!
残り最後のひと絞りを、自身の末脚に叩き込むッ!
足が回らなくなるまで、全力で駆け抜けるッ!
ようやっと、サイレンススズカが走る背中に追い付いたッ!
サイレンススズカを追い抜いたマチカネフクキタルは、へろへろな足で流しながら横を見る。
少し驚いたサイレンススズカの顔はあれど、内ラチにあるはずのものが見当たらない。
『二着、マチカネフクキタルッ!最後まで諦めずに走り抜けましたッ!そして三着争いはまだ続いているッ!三着はまだッ!残り100ッ!』
「よ、よかったぁ……」
緊張が解けたマヤノトップガンが、へなへなともたれ掛かって倒れそうになるのを抱き留める。
よしよし、と頭を撫でながらターフの上を手を振りながら流すサイレンススズカと、その前でしょんぼりしながら流すマチカネフクキタルを見る。
ひとつ間違えば危なかった。
サイレンススズカがレース前に言っておいたことを守っていなかったら、本当に危なかった。
控え室を出る時に、全力で走ると意気込むサイレンススズカに、嫌な予感がして呼び止めた。
「サイレンススズカ、初めての大舞台だ。苦しい走りをしなくていい。楽しんで走ってこい」
「…………?……はい」
少し首を傾げたあと、ちょっと考えたサイレンススズカは返事をする。
いかん、言葉が足りないか。
「まずは本番のレースを走る感覚を足で確かめろ、ってことだ。いつも通りに走れそうだと思ったら、いつも通りに走っていい。まずは本番のレースを感じてこい」
「はい」
今度はちゃんとはっきりと返事をした。
あとは待つだけ、となったので観客席のほうに移動した。
レース展開は見事にハマった。
少しだけ無意識で手加減するサイレンススズカを「これならまだ差せる」と追随した他のウマ娘が三人ほどハイペースでサイレンススズカを追えば上等と読んだが、半分以上が釣れた。
マチカネフクキタルが最後尾だったのは出遅れたのではなく、他が多少なりともサイレンススズカに引っ張られたせいだ。
マチカネフクキタルも釣れたら完璧だったが、いちおう友人らしいマチカネフクキタルがそんな小手先の術中にハマることはないことも想定内だった。
むしろ、マチカネフクキタルをハメるには他のところで罠を張らねばならない。
コース中盤でサイレンススズカに引っ張られた集団が崩れ、乱れた瞬間にマチカネフクキタルはこちらの仕掛けた第二の罠にズッポリとハマった。
最後尾にいたマチカネフクキタルからしたら、集団が崩れて隙間が出来た瞬間だ。
ここで一気に上がり、そのままサイレンススズカを差し切る。
それ以外の勝ち筋は見えなくなっただろう。
そして、マチカネフクキタルは観客席の期待も背負いまとめて他のウマ娘をぶち抜いてサイレンススズカに追走した。
そして、そのタイミングでサイレンススズカはついに全力で走り出した。
最終コーナーを丁寧に先頭で抜けたサイレンススズカは、レースでの自信を掴んだ。
これなら、走りきれると思ったのだろう。
何より、最近の彼女のトレーニングは本人の意識しない範囲でだが、ラストスパートでの爆発力を高めるつもりで進めてきた。
本人は露知らず、ただしその足はちゃんと末脚の爆発力を大きく伸ばす方法を知っている。
そこに本人の意識しない範囲でだが普段より多めに余力を持ち込んだ。
直線で気持ちよくスパートを掛けるサイレンススズカは、マチカネフクキタルも予想外なほどの末脚で駆け抜けた。
唯一の誤算は、マチカネフクキタルがなにやら叫びながら予想以上の速度で爆走してきたことだ。
あれがもっと速かったら、マチカネフクキタルがもともと前気味にいたら、あるいはストレートがあと1ハロンあったら、このレースは危なかった。
なにしろ、ゴール板を抜けたあとまで爆走して既にゴールして流すサイレンススズカをゴール板から1ハロン先で抜くまでずっと全速力だったのだから。
この辺に、可愛い女の子を膝に載せて撫でたり抱き締めたりしながらレース鑑賞しているクズがいたらしい。