逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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クラウンはターフ外にて

「……驚いたな」

 

「ああ、まったくだ」

 

ターフから舞台裏に戻る途中、独り言に聞き慣れた声で返事をされたシンボリルドルフはドキリとして、振り向く。

 

「私が言ったこと、覚えてるか?」

 

シンボリルドルフが振り向いた先には、壁を背にして腕組み待っていた一人のスーツ姿の男。

シンボリルドルフが一番信頼している、シンボリルドルフがシンボリルドルフたるために欠かせない存在だ。

 

「間近で走るサイレンススズカを見てくればいい、と」

 

「実際に走ってるところを見て、それでも何も感じないなら所詮その程度だ……確かに私はそう言ったけどな。シンデレラ城ミステリーツアーへの入場券を渡した覚えはないぞ?」

 

「出走枠が一枠空いてしまってな?」

 

男は頭を抱えたあと、ため息と共に肩を落としてからシンボリルドルフの額に軽くチョップする。

 

「まったく……変装もなしに市井にそのまま下りる皇帝があるか。せめて騎士の家の三女くらいの身分を偽る努力をだな……特等席で見たサイレンススズカとマチカネフクキタルはどうだった?」

 

「……素晴らしいウマ娘だった。シニアで戦うのが待ちきれないくらいに」

 

チョップされたところを手で撫でながら、シンボリルドルフは答える。

少しだけ、拗ねたように。

 

「もう一回メイクデビューするか?今度は7冠を簡単には取らせてくれないと思うが」

 

「簡単に取った気はないが……出来るとしたらやるか?と、君に問われたら首を縦に振りそうだ」

 

「出来たら苦労はないな。待ち遠しいが、御前試合をやるなら相応しい場所が必要だとは思わんか?」

 

「君は、相応しい場所としてどこを選ぶのかな?」

 

男はにぃと口角を上げる。

皇帝のクラウンらしく、イタズラを含んだ笑顔で皇帝に囁く。

 

「早ければ梅雨明けの仁川か秋の府中、どちらかにサイレンススズカは来る。どちらも私達が取り零していた宿題だ。取りに行こう」

 

「宿題、か。秋の盾をそこまで軽く扱うのは君くらいだろうな」

 

「ウマ娘を語るのにトロフィーの数は無価値だ。トロフィーに至るまでのターフを抉った蹄跡にこそ意味がある。そうだろう?」

 

「君は時々、実家の者達より厳しいな」

 

「メリハリがあると言ってほしい。皇帝ではない君を、私以外が知る必要はない。さて……皇帝らしく、ちゃんと会場を盛り上げてこい。君の使い勝手の悪いよく回る口は、こういう時にしか向かん。偉そうなこと言ってそれっぽく話をまとめるのは得意技だろ?」

 

「ひどい言われ様だな」

 

苦笑するシンボリルドルフの頭を掴んだ手が彼女を振り回すように撫で回す。

 

「大人げなくターフに飛び出した自分のやんちゃさを誤魔化すだけの名演説をぶってこい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひょえええええっ!あんなんありかぁ!?」

 

「どこにこんな末脚があったんだ!?」

 

「なんだありゃ!さっきまでの逃げは全力じゃなかったのか!?」

 

壁に大型モニターの並ぶ編集室の一角でレース中継を観ていた月刊トゥインクル編集部の一同は、改めてサイレンススズカの走りにリアルタイムで驚かされていた。

ずっと先頭を逃げていたハズのサイレンススズカが、最終コーナーを出た瞬間に立ち上がりから一気に加速した。

どこにそんなスタミナがあったというのか。

更にその後ろから猛追するマチカネフクキタルも凄まじい速度でサイレンススズカに迫っていたが、それ以上にサイレンススズカが速かった。

そもそもサイレンススズカがいなければ、マチカネフクキタルが圧倒的大差で勝っているのだ。

今年のメイクデビュー戦、最後に残っていたのは世代最後の出涸らしなどではなかった。

 

「今年のトゥインクルシリーズ、こりゃ荒れるな……」

 

編集長が顎に手を添えていかにも有識者ムーヴをしているが、ハゲ頭に側頭部から後頭部までのモコモコのアフロに大量に刺さったペグシルのせいでスプレーチョコを振ったドーナツを頭に嵌めてるにしか見えない、すっかり毛根が荒れきった頭の小太り中年親父が言っても様にならない。

 

「今年のトゥインクルシリーズ、クラシックを制するのはエアグルーヴとマヤノトップガンと読んでいたが……少し気が早かったかもしれんぞ」

 

「サイレンススズカのローテ次第ではクラシックが大荒れだ。おい!ローテチャートを出せ!」

 

「はいはい、っと。二番でいいっすかー?」

 

モニターのひとつが今年のクラシック級の目ぼしいウマ娘とクラシック級の出そうなレースを並べた表を出す。

 

その下のほうの欄にマチカネフクキタルとサイレンススズカが並ぶ。

 

「マチカネフクキタル、ありゃ中長距離を行くクラシック三冠で間違いないっしょ。とりあえずこの3つとホープフルを埋めときゃあそう外れはないっすよ」

 

マチカネフクキタルの欄にホープフルステークス、皐月賞、日本ダービー、菊花賞がチェックされる。

普通に考えるならこの三冠に挑むだろう。

 

問題はサイレンススズカだ。

今回のサイレンススズカ最大の勝因は、サイレンススズカの足に付いていこうとした他のウマ娘が多数現れて全員がジワジワと振りきられたことでまとめて崩れたことだ。

自分のペースを崩さず、大量の垂れウマを避けてキッチリと差しに行ったマチカネフクキタルが優秀なのであって、そうでなければサイレンススズカの圧勝だ。

この勝ち方は長距離では厳しいだろう。

前を走るサイレンススズカより、遥か先のゴール板のほうが脅威だからだ。

自分のペースをキッチリ守れるウマ娘が増えるほど、逃げウマのアドバンテージはなくなる。

言ってしまえばゴール板までの距離が長いほど、ペースを守る余裕を他のウマ娘に与えてしまうのだ。

かといって短距離だと今度はゴール板が近すぎて開き直って捨て身で突っ込んでくるから意味がない。

 

要するに、どのレースを走らせるかを決めるトレーナーの考えひとつでローテがまるで変わってくるのだ。

 

ティアラ路線に行くとしたらエアグルーヴ、ダイワスカーレット、ウオッカとの激突。

クラシック路線に行くとしたらマチカネフクキタル、マヤノトップガンとの激突。

 

サイレンススズカのトレーナーがどちらにぶつけてくるか、それがわかるほどの情報がない。

ここから先の推察は乙名史が持ち帰る情報次第だ。




再出走です!バクシンバクシンバクシーンッ!!!

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