逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「フユミトレーナー!メイクデビュー戦勝利、おめでとうございます!」
サイレンススズカを迎えに行く途中、追いかけてきた記者に呼び止められて祝われた。
どうやら、番記者というものとして僕に密着取材をすることが決まったらしい。
話していて、専門的な話が出てもちゃんと理解してくれるので、インタビューそのものはそこまでストレスはないが、少々……いや、かなり圧が強いのが悩みどころだ。
「勝ったのはサイレンススズカです。僕ではなく、彼女を祝ってやってください」
「素晴らしいッ!あくまでも担当ウマ娘を立てるッ!トレーナーの鑑ですねッ!」
「いや、僕は……」
「ねぇ、トレーナーちゃん。この人は?」
後ろにいたマヤノトップガンが一人で盛り上がる記者を見て首をかしげる。
「おっ!あなたはマヤノトップガンさん!月刊トゥインクルの乙名史です!確か既にメイクデビュー済みでしたが、どうしてここに?」
「えへへ、それはね!トレーナーちゃんの担当になったからだよ!」
マヤノトップガンはさも当然と言わんばかりに言うが、そんな事実は当然ない。
「ほぉっ!フユミトレーナーの下に移籍したのですか!?」
「してません。マヤも話を捏造するんじゃない」
記者はそのままマヤノトップガンの言葉を手帳に書いていく。
その情報はまったくもって誤報だぞ。
「まだオフレコということですね!ああ、だからレース中にずっと膝に載せていたんですね!仲がいいなぁ、と思っていたんです!」
「なっ……あっ!」
マヤノトップガンのほうを見る。
いつの間にか腕に抱き着いて、えへへっ!と笑う。
普段から膝に載せていたからさっきも載せていたが、よくよく考えたら不味いに決まってる。
「えっへへ!マヤが証明するの!トレーナーちゃんがすっごいトレーナーだって!」
「……マヤちゃんが、ですか?」
静かな声がしたほうに振り向く。
そこにはターフから戻ったサイレンススズカが、にこりと笑っていた。
「凄いわね……」
「ああ、凄いな……」
チームルームのモニターでメイクデビュー戦を観ていたダイワスカーレットとハルヤマは絶句していた。
中継が終わったあとも、すでにサイレンススズカの最終コーナーからの走りを5回は見直している。
「スタートダッシュは完璧すぎるほどのスタートを切ってる。まだ完全にゲートが開くほんのコンマ05秒、ゲートの駆動音すら振り切って飛び出している。これが逃げウマにとってどれだけのアドバンテージを持つかわかるか?」
「有り得ないわ。そもそもゲートが完全に開くのに1秒ないのに、その開きかけのゲートの扉にぶつからずに抜けて走り出すなんて反射神経の限界を超えてるわ」
「だが、スズカはそれをやった。たまたまならいいが、あれを完全にモノにされたらいよいよ大半のウマ娘には手出しが出来なくなる。スズカの前を蓋して止める、という手段が取れない以上は振り落とされないように追撃するしかない。それが出来るウマ娘が、果たしてどれだけいる?」
あまりにも何度もレースを見直しては毎回違うところをチェックしては感心する二人の後ろで、さすがに飽き飽きした二人がコップ4つと麦茶の入ったボトルを持ってきた。
「二人ともよく観るなぁ。さすがに飽きてきたぜ」
「あんたはもうちょっとレースの勉強ってものをしなさいよ!」
「しかしよぉ、それがアタマで考えてどうこう出来る走りに見えるか?レース観てる時間でターフ走ったほうがよくねぇか?」
「そんな力押しで勝てるほどレースは甘くないわ!だいたいあんたは何でも短絡的過ぎるのよ!」
「ゴチャゴチャ考えただけで足が速くなるならターフに教科書持っていくウマ娘がもっといると思うぜ?最後にモノを言うのは足だ、足!」
「あー、ウオッカもスカーレットも落ち着け。とりあえず二人とも麦茶飲め。な?」
「あっ……すみません……」
「悪い……」
げほんっ、とわざわざ大きな咳払いをした四角四面のメガネを掛けたモアイのような顔の男の言葉で、ダイワスカーレットとウオッカは静かになってコップを受け取る。
「悪いな、付き合わせて。俺一人じゃやんちゃ娘二人の世話は出来ん」
「構わない。どうせ気になっていたレースだ。こちらもマチカネフクキタルがどこまで本物か、再確認出来た」
「……ぷはぁっ!よくわかんない呪文言いながらフラフラ踊ってる人だと思ってたから、あんな走りするなんて知らなかったぜ!」
「呑気に言ってるけど、あんたはあれとやり合うのよ?わかってんの?」
ダイワスカーレットは能天気そうなウオッカに焦れる。
そう、敵はサイレンススズカだけではないのだ。
自分が思い描く限りの最悪の状況が、このレースで更新されてしまったのだ。
「前のスズカ先輩を差しながら、フクキタル先輩の追撃を振り切る。あんたはどうするつもりなのよ?」
「んなもん決まってる」
ウオッカがダイワスカーレットに向かって指差してニィと笑う。
どこからそんな自信があるのか、ダイワスカーレットはたじろぎながら次の言葉を待つ。
「全力で走ってぶっちぎる!」
自信満々なウオッカの言葉に、ダイワスカーレットはぽかんとした表情から、みるみるうちに沸騰した。
「……はぁあああああああっ!!!???」
「さて……どうするんだ?」
「どうするもなにも……トレーナーさん次第では……」
「えっへへ!よろしくね、トレーナーちゃん!」
戻ってきたチームルームで、改めてフユミは頭を抱える。
記者に爆弾発言をしたマヤノトップガンが、そのままの流れで自分のトレーナーに電話して、フユミに代わってきた時にほぼこのレースの結果は決まっていた。
『マヤのこと頼むわ……出来ればうちに置いときたかったけど、流石に真面目なマヤのペースでトレーニングさせたら他の連中が潰れちまう……頼むわ……』
「おいおい、マヤは何をやったんだ?」
『普通のウマ娘の普通のトレーニングじゃ、マヤには遊びにしかならん。その逆を考えてもみろ。マヤ一人のために他を潰せん。ちゃんと書類はマヤに渡したから、あとはそっちの名前書いて提出するだけだ。頼むわ……こっちは他のウマ娘も守らなきゃならねぇ立場だ。マヤを全ての基準にする訳には行かねぇんだよ』
何をやったんだこのいたずらっ子。
言っていた書類をマヤが「はいこれ!」って渡してきたし。
ここしばらく姿を見せなかったのは、古巣にレベルの違いを見せつけるためだったのか?
だとしたら、おっかないどころではない。
「マヤ、とりあえず前のチームじゃ派手にやったのは聞いた。そこまでしてこっちに来たいのか?」
「だって、スズカちゃん速いもん!マヤが何度走っても勝ちきれないなんて初めてだから、スズカちゃんと走りたいの!」
マヤノトップガンは要するに、サイレンススズカくらいは相手にしないと、もうつまらないということだろう。
しかし、他のウマ娘を潰しかねないペースのトレーニングをしていたとは思えない元気さだ。
実際にやられたマヤのトレーナーがどんな思いになったかは、心中察して余りある。
「嘘から出たまこと、あるいは瓢箪からコマ……か。二人でのトレーニングになるが、構わないか?」
マヤちゃんに黙って考える時間を与えてはいけない(戒め)