逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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マヤノトップガン、ネクストワンゼロ

「……ごめんなさい」

 

「うん、それはもういいから」

 

サイレンススズカは、恥ずかしさに消え入りたくなった。

ほんの15分前までの自分が、どれだけ錯乱していたのか、いっそ全て忘れてしまいたい。

自分は客観的に見て静かで大人しい良い子のつもりでいたのに、ここ最近の特に二週間ほど前辺りからの自分が明らかに異常だったことに改めて気付いてしまったのだ。

なかったことにしたい。

あそこにある目覚まし時計を壊したら時を戻せたりしないだろうか?

そんな意味のわからないことを思うほど、サイレンススズカは自分の状態に落ち込んでいた。

 

「君のレースでの絶不調と、ここ数日の様子には関係がある?」

 

「たぶん、あります……わからないけど……」

 

「走りたくてたまらなくなった?」

 

「はい……たぶん」

 

ここ数日のことを改めて確認されると、どんどん落ち込むばかりだ。

全部、忘れてしまいたいのに。

今は、全て自分から告白しなければならない。

まるで、自分で自分の身を切り刻むようだ。

 

「レースは、嫌い?」

 

さっきからトレーナー見習いは、隣から本当に嫌な質問ばかりしてくる。

 

「嫌い……じゃない……そう言いたいのに……好きだと言えない……」

 

「君は、有り体に言えば凡百な成績しか残してない。ただ一度、ここで初めて走った模擬レースのその一度を除いてね」

 

「それは……」

 

「トゥインクルシリーズで通用する走りではない、と思ってる?」

 

「……はい」

 

「本当に?」

 

「…………はい」

 

「実はこう、思ってないかな。周りが遅い、遅過ぎて付き合ってられない」

 

「っ!……そんな、ことは……」

 

「遅い、邪魔くさい、煩わしい、道を空けろ」

 

「…………っ!」

 

わざわざ汚い口調で言わないでほしい。

耳を押さえて、踞ってしまう。

 

「私に、思いっきり好きに走らせろ」

 

核心を突かれた。

間違いなく、それが自分の本音なのだとしっくりきた。

でも、そんなのは不可能だ。

普通ならそんなことをしたところで勝てはしない。

それがレースの厳しさだと。

 

「本当に、レースはそんなに厳しいものかな」

 

自分の中の一番のわだかまりが、一気に串刺しにされた。

何が引っ掛かって渦巻いているのかわからなかったモヤモヤの正体が見えた。

 

「次の模擬レースまで、僕のところに来てみるかい?君の、サイレンススズカというウマ娘の本当の実力がどんなものか、自分にも他人にもわかるように走ってみたらいい」

 

「……はい」

 

気付けば、頷いていた。

この胡散臭い笑顔の男の甘言に、まんまと乗ってしまった。

トレセン学園にいるトレーナーなのだから、詐欺師ではないと思うが、やり口はまさにそれだろう。

自分はコロッと乗せられてしまった。

それでもいいのではないかと思ってしまっている自分に、改めてサイレンススズカは自己嫌悪してしまった。

 

「んじゃ、ひとまずよろしく。僕はフユミだ。冬の海でフユミ。まぁ普段は僕のことをトレーナーとしか呼ばないと思うけど、もし探したりする時はその名前で探してほしい。流石に『見習いのトレーナーで新聞屋さんが乗ってそうなバイクに乗ってる胡散臭い笑顔の若い男の人はどこ?』って探すのはやめてね」

 

また恥ずかしいところを抉られた。

このトレーナーは、相当いい性格をしているらしい。

サイレンススズカは改めて、本当にこのトレーナーに付いていって大丈夫なのかと逡巡した。

 

 

 

 

「あっ!トレーナーちゃん!頬っぺた真っ赤だけどどうしたの!?」

 

とりあえず行こうか、と付いていった部屋には先客がいた。

中等部の子だろうか?

あれ、でもなにかおかしいな、とサイレンススズカはふと引っ掛かる。

 

「机で寝てたら痕になっちゃっただけだよ。マヤこそどうした?集団トレーニングの時間だろう?」

 

そうだ。

時間割を考えれば、まだ昼前だと言うのに中等部の生徒がここにいるのはおかしいのだ。

それに気付いたサイレンススズカは、それが自分も同じということを無意識に棚上げして納得した。

 

「んー、つまんなくてこっちに来ちゃった!」

 

「それを言っちゃったら叱るしかなくなるだろう?もっとちゃんと言い訳を考えなさい」

 

「えー……じゃあ……トレーナーちゃんに逢いたくなっちゃった!だめ?」

 

「間が悪すぎだね。それを初手で僕が扉を開けた瞬間に抱き付きながらやるとギリギリ合格だった」

 

中等部の女の子に何を教えてるんだ。

サイレンススズカは軽く引きながら、改めて少女を見る。

面識は……たぶんない。

そもそもサイレンススズカは、マチカネフクキタルとエアグルーヴと……あと数人くらいしかちゃんとした交遊がないし、交遊があると言っても向こうから話しかけてくることがなければ、下手をすれば一日誰とも話さないこともあるし、更によく考えたら、自分には他人に対する意識が基本的に欠けていることについて、サイレンススズカは見て見ぬふりをした。

 

「ねぇねぇ、トレーナーちゃん。後ろのおねーさんは誰?」

 

「ああ、彼女は」

 

「サイレンススズカです」

 

自己紹介と一緒ににこりと笑う。

サイレンススズカに、いちおう身に付いている対外的な社交性は「その場をやり過ごす」という一点に特化している。

名前を名乗る以上のことはしない。

よろしくするつもりもされるつもりも、とりあえず予定にない。

本能的に1人で静かにしていたいサイレンススズカは、理屈抜きにこの処世術を身に付けていた。

 

「わぁ、マヤはね!マヤノトップガン!よろしくね!スズカちゃん!」

 

ただし、欠点として向こうから出してもない手を掴んで握手してくるほどの押しの強い相手には抵抗出来ない。

ちょっとだけひきつった笑顔で「え、えぇ、よろしくね」と返事するしかないのだ。

 

「さて、マヤ。ここでサボっているとなると、僕はマヤを叱るしかないわけだが、そうしないにはマヤはどうしたらいいと思う?」

 

「んー……そーだなぁー……トレーナーちゃんのお手伝いをする!それで、マヤはスゴいな!ってトレーナーちゃんが褒めたくなるほど頑張る!」

 

「まぁ、及第点だな。じゃ、さっそくだけどマヤはジャージに着替えてグラウンドに集合だ」

 

「走るの?」

 

「ああ、そうだ」

 

「んー?……んー、アイコピー!待っててね!」

 

そう言って部屋から飛び出したマヤノトップガンを見送った後、トレーナーは奥にあるデスクの引き出しからストップウォッチを出して、こちらを見る。

何度見てもどうにも胡散臭い、にこやかな笑顔でだ。

 

「サイレンススズカ、久しぶりに理屈抜きの本気で走ってみないか」




!勢い任せ





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