逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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「スズカが、か」

 

出走候補に追加されたサイレンススズカの名前に、エアグルーヴは小さく笑う。

自分でレースを選んできたのか、トレーナーの意向かはわからない。

ハッキリしているのは、今一番の注目を集めるサイレンススズカが自分と同じレースに狙いを合わせてきた事実だ。

女帝として君臨するには、いずれ対決は避けられないだろうことは間違いない。

そもそもティアラ路線に殴り込んでくるなら、返り討ちにしなければなるまい。

まずはその前哨戦だ。

マイル戦ならば、サイレンススズカが逃げ切るだけのアドバンテージはない。

自分の脚でなら、差し切れる。

トリプルティアラを狙う上で、これほどの上等な仮想敵はいないだろう。

サイレンススズカをここで差し切ったならば、ほとんどのティアラ路線のウマ娘はこう思うハズだ。

 

「ティアラ路線の主戦場になる高速レースでの逃げ切りは女帝が許さない」

 

普段の交遊はともかく、ターフの上では別だ。

逃がさない、絶対に。

ましてやこのレースは、他ならぬ会長も辿った第一歩だ。

ここで女帝が踏み外すことなど、罷り通らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マヤ、今日はさ……スズカを僕が事前に指示したタイミングで後ろから差しに行け」

 

「わかったよ!」

 

「……スズカはスピードそのものをあと一段階上げる。メイクデビュー戦最後のストレートの感覚は覚えているな?」

 

「はい」

 

「あの速度から更に一段階上の全力を、君の脚に覚えさせる。あの時の君はまだ走りやすい速度だったハズだ。そこから全力で走ることを、君の脚に覚え込ませる」

 

グラウンドでサイレンススズカとマヤノトップガンに指示を出す。

チームとして活動を始めたのに毎回、フルネームで呼ぶのは……とサイレンススズカ本人はもとより、マヤノトップガンにも指摘され、出来るだけスズカと呼ぶように直しているが、正直に言えばまだ喉につっかえる物がある。

 

「じゃ、マイル1600だ。マヤ、右手を出して」

 

「ん?はい」

 

マヤが出した手のひらに指で数字を書いていく……つもりだったが。

 

「ひっ!ひゃっ!ははっ!くすぐったい!くすぐったいよ!」

 

「ダメか」

 

8と書いた時点でマヤノトップガンは笑い転げた。

声にすると聞こえるしなぁ、と仕方なくタブレットに書いた数字を見せる。

 

「アイコピー!スズカちゃん!行こっ!」

 

「え、えぇ。始めましょう」

 

サイレンススズカはじっと見ていた。

タブレットの液晶は見えてないとは思うが、どこか不審な目をしていた。

小さい女の子をくすぐって苛めてる絵だもんなぁ……

この手はやめておこう。

 

サイレンススズカとマヤノトップガンは並んでスタート地点から走り出す。

今回はサイレンススズカが意図的にトップスピードにどれだけ速く切り替えて走れるかを確かめるのと、マヤノトップガンがサイレンススズカのトップスピードに匹敵する末脚を差せるように早い段階から差して抑え込んで逃げることを同時に狙っている。

 

マヤノトップガンにしたら、サイレンススズカの逃げも覚えられ、さらにその逃げ足の差し方も覚えられる。

サイレンススズカにしたら、いつどのようなタイミングで差しにかかられても逃げられる対応力を身に付けられる。

 

二人いると実践的なトレーニングが出来るメリットが大きい。

なにより、相互に様子を見るから不調に気付く目も増やせる。

 

まぁ、不調も隠されたら意味がないのだが。

不調を隠さないような空気を作っていく必要があるか。

 

「おー、やってんな」

 

「ハルヤマか。どうした?」

 

「ちょっと頼み事があってな」

 

二人が走るのを見ていると、後ろから声がしたので振り向く。

ハルヤマと、その後ろにダイワスカーレットがいる。

それともう一人。

ちょっとボーイッシュなウマ娘だが、確か……

 

「オレ、ウオッカです!よろしくお願いします!」

 

やたらメリハリのあるお辞儀で頭を下げてきた。

ずいぶん行儀がいいな……

 

「ああ、よろしく。そんなに畏まらなくていいから。何か用なんだろ?」

 

「ハイッ!スズカ先輩のトレーニングに、オレも交ざっていいっすか!?」

 

ああ、思い出した。

よくいる、普段は砕けてるのに緊張するとブロークン敬語になる奴だ。

 

「別に構わないが、マイル戦の並走……というより模擬戦だ。それでもいいか?」

 

「よろしくお願いしますっ!」

 

「よし、二人が戻ったら次から交ざるといい。ダイワスカーレット、君もなんだろう?」

 

「っ!はい!よろしくお願いします!」

 

何か言いたげだったダイワスカーレットにも、声を掛けると食い付きのいい返事が返ってきた。

大方、この前のメイクデビュー戦でサイレンススズカが気になったのだろう。

 

「ハルヤマ、ダイワスカーレットはともかくあのウオッカって娘はどうした?」

 

「スカーレットの同室の奴で、俺もウオッカのトレーナーとは個人的に手を組んでてな。そいつが出張したりする時は、面倒を頼み合う仲でさ。で、今日は引率出張中って訳さ」

 

なるほどな、と思う。

トレセン学園のウマ娘には当然、担当トレーナーがいないウマ娘も多い。

そうしたウマ娘は、修学旅行よろしくまとめて職員が持ち回りで引率することになる。

もちろんそれがメインの教官もいるがレースの数は教官より多いので、他のトレーナーにも担当ウマ娘の有無は関係なしに、割とランダムで順番が回ってくることになる。

もちろん、自分の担当が出るレースで引率を引き受けるパターンも多いが、あくまで自分の順番の消化という意味合いのほうが強いし、そういうレースは必然的に引率の取り合いになることも多い。

 

「この時期だと札幌か小倉、どっちだ?」

 

「札幌。ウオッカはそんな湿気たレースにオレは出る気はねぇ!って突っぱねたから、ここで俺のとこにお留守番ってわけだ」




次は、テレビジョンの番組予告みたいな回です

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