逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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サウジアラビアロイヤルカップ

「乙名史!」

 

「あれ、編集長!どうしてここに?」

 

東京レース場の観客席、そこに詰めていた乙名史が呼ばれて振り返ると、ハゲ頭にモコモコのU字クッションをはめこんだような髪型をした丸メガネのデブ親父がいた。

月刊トゥインクルの名物編集長だ。

今日も頭にペグシルが刺さりまくっている姿に、観客席の一般人からも声がかかり、その声にバタバタと手を振って返す。

 

「先月号で大々的にエアグルーヴvsサイレンススズカをピックアップしたんだ。結果を直接見ない訳にはいかんだろ」

 

天皇賞秋に事実上のクラシック最終である菊花賞、秋華賞の特集原稿がギリギリなタイミングにも関わらず、編集長がこうして顔を出すとは思わなかった。

 

「すみません、本当なら天皇賞秋か菊花賞のほうに集中すべきなのでしょうが」

 

「構わんよ。サイレンススズカの番記者を許可したのは私だ。今は来年のレースを占う第一歩を見ようじゃないか」

 

 

 

 

サウジアラビアロイヤルカップ

GⅢ 東京 芝 1600 左 12人

 

 

 

 

1600のマイル戦という比較的短期決戦なレースでありながら、その実態は各所に難所がある消耗戦だ。

3コーナー前の登り坂からのダウンヒルはそれだけでも坂を上がるフィジカルと体幹の制御能力を同時に求められ、そして最後のストレートに段上がりの坂が待つ。

マイル戦にあるまじきスタミナ、トップスピードに早く持っていく加速力、どちらも兼ね備えた未来の優駿が勝つレースだ。

 

パドックに今回の出走者が集まる。

月刊トゥインクルでの大々的なプッシュもあり、サイレンススズカとエアグルーヴへの注目はかなり高い。

そうでなくとも、エアグルーヴは先のメイクデビュー戦で他を圧倒しているのだ。

親がオークスを取ったスターウマ娘であることからも、期待の色は濃い。

構図としては、エアグルーヴの勝ちをサイレンススズカが揺るがせるか?という形で見ているのがやや多め、サイレンススズカをエアグルーヴが差せるのか?という形で見てるのが少々、そもそもエアグルーヴの勝利が間違いないと踏んでいるのが大多数だ。

 

一番人気のエアグルーヴは8番、そしてサイレンススズカは5番での出走だ。

 

「スズカ」

 

小さく観客席の声援に手を振るサイレンススズカの隣にいたエアグルーヴが、サイレンススズカのほうを向く。

 

「エアグルーヴ、どうしたの?」

 

「ひとついいか?」

 

パドックから観客席には聞こえない程度の声で、エアグルーヴが訊いた。

 

「今回の出走は、誰が決めた?」

 

「トレーナーさんが、これにしようって」

 

「フユミトレーナーか……フン……」

 

サイレンススズカには、エアグルーヴが不機嫌な顔をしているように見えた。

といっても、エアグルーヴの機嫌のいい顔はあまりサイレンススズカの記憶にはないのだが。

 

「今日は勝たせてもらう。絶対に」

 

そう言ってエアグルーヴはパドックでの披露を続ける。

ともあれ、真正面から勝負を吹っ掛けられた以上は眉間に皺が寄るのがサイレンススズカだ。

走りで負かすと言われたのは、思った以上にサイレンススズカの神経をチリチリと障る。

 

「……負けない」

 

 

 

 

 

「隣、よろしいかな?」

 

「……どうぞ」

 

マヤノトップガンを膝に載せているフユミの隣の席に、スーツ姿の男がにこりと笑って座る。

 

「今回のレースは、どうですかな?」

 

「……負けやしないでしょう」

 

「スズカちゃんが勝つよ!」

 

マヤノトップガンの頭を撫でながら、フユミは隣の男の顔を見る。

 

「あなたはエアグルーヴに勝ってほしい人かな。それとも、エアグルーヴを勝たせなければならない人かな」

 

「そうですな……エアグルーヴが勝つと確信していますよ」

 

フユミの言葉に、男は笑いながら答える。

 

「このレース、個人的にも思い入れがあってね。私が彼女をこのレースに出したのも、当時は様々な事情があった。今となっては、彼女を語る千夜一夜の一幕目だが……挑戦状を叩き付けられたのなら、勝たねばなるまい。エアグルーヴが真に女帝を名乗るには、この戦いは避けられない。彼女には勝利する義務がある」

 

「勝利する義務、ね……崇高な御題目を掲げて勝てるなら、そりゃあなたの担当は絶対皇帝と言われる訳だ。皇帝の杖らしい矜持で参考になる」

 

フユミは男のほうから、ターフにいるサイレンススズカに視線を戻す。

 

「誰しも、レースに懸ける想いはあるだろう。君は、サイレンススズカに何を懸けている?サイレンススズカは、何を懸けている?」

 

男からの質問に、今度はフユミが軽く笑う。

フユミがターフから視線を移すことはない。

 

「僕は、サイレンススズカに余計な重石を載せるつもりはない。彼女は追い越したい敵がいて、追い越したその先の景色が見たいだけ。僕はその追い越すべき敵を知っていて、そいつを追い越す彼女を見たくて、彼女の担当になった」

 

既にゲートインが始まっている。

あとは、ターフの上で話すことだ。

 

 

 

 

 

『天候は晴れ、文句無しの良バ場発表となりました。一番人気、エアグルーヴ。8番での出走。二番人気、サイレンススズカは5番での出走です!』

 

『文字通りの実力勝負に期待したいところですね』

 

『ゲートイン完了、出走の準備が整いました!』

 

サイレンススズカは、深く息をして、手を合わせ、目を閉じ、開いて、構える。

ゲートが、開いた。

 

『スタートです!』

 

ゲートの開く音を連れて、サイレンススズカが飛び出す。

その内をサイレンススズカより前に出るべく、最初から思いっきり脚を上げて走る姿が見える。

 

『サイレンススズカより更に前!2番がハナを奪った!サイレンススズカに勝負を仕掛けに行ったか!?』

 

サイレンススズカは自身のペースより明らかに速く走る2番の後ろに着け、追走する。

その外から、サイレンススズカの斜め後ろにもう一人のウマ娘が位置取った。

 

『ハナを奪ったのは2番、その後ろにサイレンススズカ、その外並んで6番!一バ身空けて11番、その後ろにエアグルーヴ!』

 

サイレンススズカは早速前に出ようとすると、後ろからペースを上げて足音が迫る。

同時に前がほんのりだがスピードを弛めて外に足1つ分膨らむ。

 

サイレンススズカは歯噛みして2番の背中に戻る。

 

無理に抜きにかかれば、後ろにぶつかる。

ぶつからずとも、斜行判定が出る。

そこでサイレンススズカは気付いた。

この二人は、自分を封じ込めにかかったのだと。




わざわざ二日間の平日を仕事するなんて冒涜です!社会性が足りないと思いませんか!
と怒りの満員電車で無料ワンパンしたら砂のサイレンススズカが来ました。サンキューサイゲ。
昨日の更新がなかった理由の報告は以上です!えっへん!

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