逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「デビューを終えたウマ娘はやはり違うか。足が速い奴がレースで勝つわけじゃないことを知っている」
「土壇場で組んだツーマンセルではない。最初からマークされていたのだろう」
「だが、慣れていない逃げでは自分もペースを維持出来まい。最終コーナーまで保つかも怪しい」
「その時はサイレンススズカも道連れにするつもりだろう。あの二人は最悪、捨て身でレースそのものを成立させに来た」
レースというのは、単にターフを駆け抜ける速さを競う訳ではない。
ラインの取り合い、ペースの乱し合い、潰し合い、競り合い、他のウマ娘との戦いだ。
だからこそレースに絶対はない。
並のウマ娘ならこの状態で一つ目のコーナーを封じられたら、あとは後ろからの連中に揉みくちゃにされるだけだ。
猶予は、ない。
「スズカちゃん、大丈夫かな……」
「さぁ」
「トレーナーちゃん!」
マヤノトップガンがどれだけ怒ろうが、ターフの上にいるサイレンススズカに手は出せない。
サイレンススズカが自分で活路を見いだすしかないのだ。
この他のウマ娘によって閉じられた檻を、抜け出すためのたったひとつの冴えたやり方を。
サイレンススズカはメイクデビュー戦で先頭で走り抜けて勝つ快感を知っている。
自分のペースで走れなかった頃の苦しさも知っている。
その頃に彼女の脚が身に付けたスタミナの管理能力と、そもそものスタミナと我慢強さもある。
そして練習でひたすらマヤノトップガンに追わせ、いつ後続から襲われても振り切れる加速の仕方も彼女の足に教え込んだ。
あとはそれを自分で繋ぎ合わせて、この拘束から抜け出すセンスがあれば……
「まぁ、負けはしないだろう」
むくれたマヤノトップガンの頬をむにむにと撫でながらレースを観る。
先頭集団という名のサイレンススズカの檻がコーナー前の坂に入る。
ここから最終コーナー出口、サイレンススズカの勝負はそこで決まる。
「あの二人、完全にサイレンススズカを封じにかかりましたね……このまま勝てるならいいのですが」
「あのツーマンセル、一朝一夕のものではない。対逃げウマ……もっと先鋭化した対サイレンススズカを考えてのタッグだ。完全にサイレンススズカに走らせずに、あの二人のペースに持ち込んでいこうとしている、が……」
乙名史と編集長が観ているのは、先頭集団より、その後ろにいるエアグルーヴだ。
自分のペースに出来るだけ持ち込もうとしているが、サイレンススズカを塞ぐ二人だって完全に自分のペースではない。
どこかでダレれば、女帝が容赦なく突き刺すだろう。
そもそも、今の状態ですらエアグルーヴにしたらカモもいいところだろう。
到底、エアグルーヴから逃げられるような走りではない。
そしてエアグルーヴにも当然背後からマークが入っている。
エアグルーヴが一気に上がれば、引っ張られた後続も当然上がる。
檻に閉じ込めたサイレンススズカは先頭集団もろとも後方の集団に沈められる。
そうなれば、あとは凡走していた低迷期の再現。
逃げウマの末路、集団に袋叩きで打ち捨てられた惨敗に終わるだけだ。
「このままだと、サイレンススズカの負けだ。あの状態でエアグルーヴが差さないわけがない」
「やっぱレースはそう簡単には勝てないんだな。逃げてるだけで勝てるなら苦労はないさ」
「やっぱ足の速さとレースの速さは違うってことか」
周りからも既にサイレンススズカの敗北を予期している声がする。
乙名史は挟まれて歯噛みするサイレンススズカを見守るしか出来ない。
編集長はじっと、サイレンススズカの様子を観る。
ただの一発屋な逃げウマなら確かにもう一巻の終わりだ。
だが、サイレンススズカが本物であったならば?
その期待を、どうしても捨てられない。
スター性で言うなら、レースの巧みさで言うなら、実力で言うなら、このレースの序盤で言うなら、どこを問うてもエアグルーヴの勝ちだ。
そのはずなのに、苦戦どころか既に潰されたと思えるサイレンススズカから、目が離せない。
たった2バ身後ろに、エアグルーヴがいるというのに。
「ちっ……スズカ……」
レースの展開は、予想以上に自分が勝つためにあるような展開だった。
というより、これではお膳立てをされてるのと大差ない。
サイレンススズカを差すことに専念して、前気味に出たところに見えたのは、他のウマ娘二人に絡まれて身動きを封じられたサイレンススズカの檻。
自身へのマークを振り払った状態で、サイレンススズカの檻を後ろから睨む態勢になった。
正直に言えば、勝ったも同然だ。
万全の逃げ足で逃げるサイレンススズカを、差しに来たのだ。
こんなのろまな集団をまとめて差すくらい、なんということはない。
コーナー入り口の坂を上がり始めるとますます遅くなる。
ここまで遅いと、歩いているのと何も変わらない。
手応えなどまるでない。
こんなサイレンススズカを差した程度で、何を誇れるものか。
このまま背後から追い回すのは、女帝に相応しい走りではない。
下り坂になるコーナー出口に向かって、エアグルーヴは6番が膨らんだ隙を突いて一気に前に出る。
下り坂からのショートスパン、このストレートでのエアグルーヴの差し足に、追いつける者は既にここにいない。
女帝たる自分を体現するために、このレースの残り半分は踏み台になってもらう!
『第三コーナー出口!ここでエアグルーヴが仕掛けた!6番の内を抜いて一気に2番とサイレンススズカの横を駆け抜ける!短いストレートで!一気に前に出た!エアグルーヴ!ここで先頭です!』
マヤノトップガンのヒミツ
マヤちゃんのほっぺはペコちゃんのほっぺ並に柔らかいらしい