逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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不器用な少女達の凱旋

「はぁ…………はぁ……くっ!」

 

何が起きたかわからない。

最終コーナーを出てストレート、最後のスパートに入った時に、後ろに明らかにおかしな足音が聴こえた。

自分が一歩踏む間に一歩、二歩踏む間に三歩、明らかに異常なペースでターフを刻む足音。

その足音が、たった一人によって刻まれていることが信じられなかった。

 

このペースでスパートを駆けるようなウマ娘に心当たりはない。

少なくともこのレース、この局面では。

 

あいつはもう後ろの軍団に押し潰されるだけだったハズだ。

なら、この足音はなんだ?

 

あと1ハロン逃げ切るだけなのに、その1ハロンまでが余りにも長く感じた。

 

今、この場で。

今、この私に。

 

自分の耳がおかしくなったのかと、後ろをちらりと見る。

その振り返る視線の半ばに、明るい茶色の髪を風に広げた、白い嵐がそこにいた。

 

「どいて!」

 

気付けば、こちらの一歩の間に、向こうは二歩刻んでいる

こちらだって全力で走っているのに、まるで止まっているこちらの横を抜けるように前に出てくる。

 

「させるかっ!」

 

いくら踏み込んでも、いくら脚を前に出しても、サイレンススズカが前に進んでくる。

差したハズの相手に差し返される?

そんなの、レースを走るウマ娘にとって最大の屈辱だ。

そんな非常識なことを

 

「されて、たまるかぁっ!」

 

前に思いっきり飛び出すように踏み込んだ時、隣にゴール板が、そして反対側にサイレンススズカの頭が見えた。

 

負けた?この私が?女帝として完璧な走りをした、私が?自分が差した相手に、差し返されて?

 

気が変になりそうだ。

 

ゴール板を抜けたあと、1ハロン先まで流してようやく減速したサイレンススズカの背中が、あんなにも恐ろしく見えるとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズカ……スズカ?」

 

「あっ、トレーナーさん……」

 

ウイナーズサークルにフユミが向かうと、よたよたとウイナーズサークルに向かって歩くサイレンススズカの姿があった。

 

「トレーナーさん、あっ、あの……」

 

「スズカ!」

 

フユミはよたよた歩きをするサイレンススズカに急いで駆け寄り、抱き寄せて立てた膝に座らせる。

 

「脚、触るぞ」

 

「……はい」

 

タイツ越しだが、彼女の脚を擦っていく。

特に違和感はないが、軽く痙攣を起こしているらしい。

本人の限界を超えた末脚を出したのだ。

このくらいは仕方ないか。

むしろ、この程度で済んでいてほしい。

 

「痛みは?」

 

「大丈夫、です」

 

一番の懸念である足首のほうまで手を伸ばし、靴を脱がせて足首から足先を確かめる。

特に腫れなどは見られない。

いつもの綺麗な脚だ。

触診でわかるような範囲の、大きな怪我はないようだ。

一安心して、抱えているサイレンススズカの顔を見ると、しがみついて顔をこちらに埋めて隠していた。

 

「スズカ?やっぱりどこか痛むか?」

 

「いえ……その……ここ、ウイナーズサークル……です」

 

「脚がどうこうしていたらウイナーズサークルどころではない。ウイナーズサークルであることが気になるなら、ちゃんと観客席に向かって手ぐらいは振れ」

 

「きゃっ」

 

脱がしたサイレンススズカの靴をマヤノトップガンに持たせ、そのままサイレンススズカの腰と膝裏に腕を入れて抱え上げる。

しがみついていた片手をそっと離し、サイレンススズカは観客席に小さく手を振る。

 

「もう少し、大きく振ってやれ。上段まで見えるように」

 

「はっ、はい」

 

観客席はようやっと、大きく歓声をサイレンススズカに向ける。

ここで余裕の姿で歓声に応えられたら完璧だったが、今回はそれなりの無理をさせた以上、仕方ないか。

一頻り、歓声を浴びたあとに、サイレンススズカを抱えて控え室に向かう。

とりあえずライブには、このあとのケアで間に合わせられるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズカーっ!」

 

「スズカっ!」

 

「エアグルーヴっ!」

 

「スズカっ!スズカっ!スズカーっ!」

 

これまで、ここまでの大人数から大声で名前を呼ばれたことがないサイレンススズカは舞台袖で戸惑っていた。

ダンスは、たぶん大丈夫。

歌も、なんとか覚えてる。

足も、トレーナーさんのマッサージで解してもらったあとに、残った火照りをアイシングしたから問題ない。

ただ、ここまで騒がしい場所は苦手だ。

 

「スズカ、そろそろ出番だぞ」

 

「わかってる……けど」

 

「……悔しいな」

 

「え」

 

「本当なら私がセンターのつもりだったが……今日の主役はお前だ。行くぞ」

 

エアグルーヴに押される形でサイレンススズカは舞台の真ん中まで躍り出る。

 

眩しい。

人がいっぱい。

光る棒がいっぱい。

自分を呼ぶ声もいっぱい。

前を埋め尽くしている景色……

 

これも、先頭の景色なんだ。

 

前のほうに、トレーナーさんも座ってる。

またマヤちゃんが膝の上……

あ、マヤちゃんが振った棒が顔に当たって痛そう。

 

「ほら、スズカ」

 

エアグルーヴに促され、マイクを握り直す。

深く、息を吸って。

 

「サイレンススズカです」

 

そこそこ大きな声のつもりだったのに、案の定、マイクが拾った小さな自分の声をなんとか聞こえるように大きくしてスピーカーから流す。

 

「スズカーっ!」

 

「スーズカーッ!」

 

「スズカっ!スズカっ!スーズーカーッ!」

 

マイクがない観客席のほうがよほど声が大きいな、と思う。

 

「えっと、その……歌います」

 

「はぁ……その前になんか言え、スズカ」

 

エアグルーヴに脇から小突かれて、ちょっとよろける。

 

「な、なんかって……」

 

「応援ありがとうございます、くらいは言わんか……」

 

「あっ……そっか……応援、ありがとうございます」

 

後ろからも前からも、がたっと音がした。

 

「……そのまま言う奴があるか」

 

「えぇ、でも……」

 

はぁ、と溜め息を吐いたエアグルーヴが頭を抱えたあとに、マイクを握り直す。

 

「今日の主役は、こんな感じで普段は少しとぼけてますが、レースの実力は皆さんが見ての通りです!今日のライブの主役である彼女に、盛大な拍手を!」

 

エアグルーヴのハキハキした言葉で、会場から拍手が起こる。

自分が口下手なのが、少し悔しいなぁと思う。

 

「ぼけっとしてないで、もう歌うなら曲名言え」

 

「あ、では……聴いてください。“Make debut!”」




ライブは勝手に再現してください。
サイレンススズカがいない?
そこに石が5640個あるじゃろ?
(砂の)サイレンススズカを引くんじゃ。
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