逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「化けたな、ありゃあ」
涼しい顔をしてコースを流しているサイレンススズカに、ハルヤマは驚嘆する。
サウジアラビアロイヤルカップ以降、明らかにスズカの脚が強くなった。
実際にスカーレットと併走させるのは久しぶりだが、フユミから「せっかくだからやれるだけ模擬戦やっといて」と言われたが、模擬戦をやらせてみて、改めてそれを実感する。
先頭を許せば追走したスカーレットが最終コーナー出口でヘロヘロになるようなハイペースで流してきて、そこから更に最後の直線を加速して振り切るほどの脚が出来ている。
サウジアラビアロイヤルカップで見せた爆発的な末脚を出した時に、自分の壁をひとつ越えたのか、今までのスパートもより一段階速いものになっている。
スカーレットが、スズカのハイペースなレースメイクと強烈な末脚を少しでも自分のモノにすることが出来れば、来年からのティアラ路線で勝ち抜くことが出来るハズだ。
問題があるとすれば
「はぁ……はぁ……スズカ先輩……っ!どうやって最後にそこまでの末脚を持ち込んでるんですか?」
「どうやって……うぅん……がんばって……?」
「がんばるって……どうやって?」
首を傾げながら答えるスズカに、スカーレットはがくりと肩を落とす。
実にそれらしい答えだとは思うが、残念なことにスカーレットはそれで通じるタイプではない。
「スズカの走りを知りたいなら、スズカと走り続けろ。世の中には教科書でわからないこともある」
「……わかったわ。スズカ先輩!もう一回お願いします!」
「えぇ、走りましょう」
スカーレットの頼みに、スズカはにこやかに答える。
少しだけ頬を赤くしてうっすらと汗ばんでいるスズカに対して、既に汗だくで体操着まで貼り付いているような状態だが、やると決めたら納得するまで止めないのがスカーレットだ。
今日だけでモノに出来なくても、何度か合同でトレーニングをしていれば、何かしらは掴むだろう。
もっとも、フユミがスズカをティアラ路線に送り込んだら、スズカのことも強くしていくことになりかねないが、そうなればスカーレットがより強くなるのを祈るしかない。
「2人とも、次走ったら一息入れよう。思いっきり走れ!」
「はい!」
「はい」
府中に着いた頃には、既に日が落ちていた。
よりにもよって千駄ヶ谷で電車が止まり、そこから明大前でまた止まり、最終的に予定の倍近くの時間がかかってしまった。
すでにライトアップされているグラウンドを見ると、雨にでも降られたかのようにぐちゃぐちゃで汗だくのダイワスカーレットとハルヤマの姿が見えた。
一緒だったサイレンススズカの姿はない。
「ハルヤマ!」
「お、フユミ。おかえりー」
「スズカは、どうした?」
「スズカはマヤノが他のウマ娘3人とトレーニングが終わる時間に外から帰ってきたから、マヤノと一緒に寮に帰した。スカーレットは、見たらわかる通りに追い込み自主練中だ」
「大丈夫か?だいぶ走り込んでいるようだが」
「フォームの崩れが見えたら休憩を挟んでる。今日、少しでもあった手応えを忘れない内に掴みたいんだと」
今日、ダイワスカーレットはサイレンススズカと合同で走っていたハズだ。
つまり、サイレンススズカとの併走で何かを掴んだということ。
「まったく……」
明大前の駅ナカで買ったジャーキーの袋を出して、ハルヤマに一本取らせる。
「いいのか?戻らなくて」
「ほっとけるか。お前一人だと本人が限界でもやるって言われたら押し切られるだろ」
ダイワスカーレットはちょうどコーナーを抜けてストレートに飛び出したところだ。
ストレート最後の坂を登りきって、ダイワスカーレットは流しながら戻ってくる。
「ダイワスカーレットを、阪神に出すつもりだな」
「実際に言い出してもいいようにしてあるだけだ。仁川の坂上がりは、今日の明日でどうこう出来るものじゃない」
「確かに、それもそうか」
そうこう言っている内に、ダイワスカーレットはこちらに戻ってきた。
肩で息をしているが、まだ目はまっすぐだ。
こちらに気付いたのか、姿勢を正して礼儀正しく頭を下げてきた。
「あ、フユミトレーナー。今日はありがとうございました」
「僕は、なにもしてないが?」
「いえ、今日付きっきりでスズカ先輩と併走させてもらえました」
「それに関してはスズカを走らせてくれたから、こっちも助かったよ。出張でいないから休み、って言った時は落ち込んでたからな。何か、掴めたか?」
「はい、たぶんですが……もう少し走ればわかると思います」
やっぱりな、とハルヤマのほうを見ると、言うだろうなぁ、と諦めた顔をしていた。
すでにグラウンドをライトで照らしている時間だ。
オーバーワークになりかねないが、ダイワスカーレットのモチベーションは高い。
「……なぁ、スカーレット。そろそろいい時間だが」
「あと一回、走りたいの!掴みかけてる感覚を、逃がしたくないの……!」
止めようとするハルヤマにダイワスカーレットは
自分でも、ワガママは承知しているのだろう。
その口調とは反対に態度は今から怒られるのに怯えて縮こまって見える。
「あー……もう、あとでちゃんと足の具合は見せろ。いいな?」
ハルヤマはやっぱり押し切られた。
仕方ない、少しだけ手を出すか。
ハルヤマが持ってきていたカゴからピストルを出して火薬を挟む。
「ダイワスカーレット、走る距離は?」
「1600のつもり、です」
「……距離は無し。僕が合図をしたらペース抜きに全力で力尽きるまで走れ。ゴールは君が決めなさい」
「なっ!」
「はいっ!」
ダイワスカーレットはフユミの言葉に驚いたあとに、ハッキリとした返事をして走り出す。
「おい、フユミ」
「消化不良な半端な距離じゃまたワガママを言うだけだ。ギリギリまで絞り出さないと気が済まないタイプだろう?」
「いや、そうだが……しかし」
「大丈夫だ。普通なら少なくとも足より先に心が折れる」
「普通じゃ、なかったら?」
「……僕がスズカをティアラ路線に出すのは、見合わせることになるだろうな」
ダイワスカーレットが走りながらこちらを何度かちらりと見る。
合図がいつ来るか、気になって仕方ないのだろう。
一度、持っているピストルを上に上げる。
ダイワスカーレットの姿勢がわずかに前のめりになる。
それを見てから、ピストルを下に降ろす。
「今日、ダイワスカーレットはスズカと走って何かを見出だした。つまり、ダイワスカーレットの目から見てもわかるほど、スズカの今日の走りが冴えていたということだ。直に様子を見れなくても、今日のスズカがそれだけよく走っていたことがわかる。これは、その礼だ」
フユミが上げたピストルを鳴らさないで下に降ろしたのに困惑したのか、わずかに走りが乱れる。
ダイワスカーレットの走りが乱れた瞬間に、下に降ろしたピストルのトリガーを引いて鳴らす。
「帰ってきたら、ちゃんとアフターケアを」
フユミは煙が微かに立つピストルをハルヤマに渡して、自分のカバンを持つ。
「なぁ、フユミ。お前、今年度からの新人トレーナーなんだよな?」
「……ちゃんとしたトレーナーとしては、ね」
バクシンの時間です!タウルスカップ?知りません!