逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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奈落に落ちて少女は惑う

「スズカちゃんだけずるーい!」

 

マヤノトップガンのワガママが炸裂したのは、12月頭の頃だった。

何がズルいかと言えば、朝日杯フューチュリティステークスだ。

 

「スズカちゃんだけトレーナーちゃんとデートなんてずるーい!」

 

「えぇ……そもそもデートじゃなくて……」

 

「わかった!マヤも朝日杯出る!」

 

「もう出走申請は締め切り済みだ」

 

「やだやだ!マヤも一緒に行く!行くのーっ!」

 

駄々をこねるマヤノトップガンに、仕方ないかとフユミは頭を撫でながら言い聞かせる。

 

「マヤ、阪神から帰ってきたら今度はマヤと中山に行くぞ。それじゃダメか?」

 

「むー……マヤさみしいよぉ……」

 

「ちゃんとお利口にしてたら、中山の帰りにデートしよう。な?」

 

「ならマヤ、遊園地行きたい!ネズミさんの!」

 

船橋から舞浜か……

しかも、年末の。

というかクリスマスの。

中山の帰りにデートを持ち出したら、そこになるよな……

あのでかくて黒くて丸いのが付いたカチューシャをさせられる、あの千葉の治外法権エリアへクリスマスに行かされるのか……

 

「わかった。ホープフルステークスを一着で勝ったら行こう」

 

「わぁーいっ!マヤがんばるよ!」

 

駄々をこねるのをやめたマヤノトップガンがニッコニコでチームルームをぐるぐる回る。

ざっくり2万でマヤノトップガンの一着とついでにワガママ言わない時間が買えると思えば安いものかもしれない。

問題があるとすれば

 

「あの、トレーナーさん……」

 

言い出しづらそうだが、何か言いたげにしているサイレンススズカだ。

いくら走ることが一番好きでも、騒がしいところが好きではなくても、それはさておき不公平だとは思う。

出費は嵩むが、致し方ない。

 

「スズカ、あとで聞くからお願いを考えといて」

 

「はい」

 

これでなんとかマヤノトップガンにお留守番を納得させ、冬の仁川までサイレンススズカとやってきた。

朝日杯の3日前、仁川レース場併設の宿舎に入り、荷物を部屋に置いた後、さっそく受付で明日からの試走許可を貰う。

他のウマ娘がまだ出てこない朝方からの許可を取ったが、サイレンススズカが早起きなのは聞いている。

朝飯前の運動に、ちょうどいいだろう。

唯一の誤算はあるが、まぁそれはそれで置いておく。

今は仁川のコースにサイレンススズカを慣らすことを考える。

 

「フユミトレーナー」

 

唯一の誤算が、向こうから走ってきた。

いつもの元気さはあまり見受けられない。

人のいい真面目な優等生だが、その地はどちらかと言えば負けん気が強い性格のはずだ。

そのダイワスカーレットが、今日は思い詰めた顔をしていた。

 

「早速ですみません。スズカ先輩と走らせてください」

 

仁川の駅でハルヤマとダイワスカーレットが出待ちしていた時は、本当に何事かと思った。

最終的に先週の阪神ジュベナイルフィリーズに出走を決めて、ウオッカとルームメート同士の激突となったのは聞いていた。

そのあと、週が明けても二人を見ないなと思っていたら仁川にずっといたらしく、一昨日のハルヤマからの電話で早めに仁川に入ってくれないかと頼まれた。

運悪く、ハルヤマは持ち回りの引率で週末に出張となっており、仁川でのダイワスカーレットの監督を頼むと、僕の早めの仁川入りを請われた。

それもあって、他のウマ娘達より早く仁川に来れたのはヨシとする。

 

マヤノトップガンのことは仕方ないので、前倒しでいつもの仲良しグループが懐いているウマ娘のトレーナーに頼んできた。

当のウマ娘は「んにゃああああああっ!?ちょいちょいちょーいっ!」と騒いでいたが、若駒ステークスまでは動かないらしくスケジュールが空いていたし、朝日杯から帰るまではマヤノトップガンにはワガママを言わないように言い付けてきたから大丈夫だろう。

一緒にマーベラス!とかボーノッ!とか聞こえたけど、そこは気にしないことにする。

 

「ダイワスカーレット、まだスズカは荷物を」

 

「置いてきました。着替えは出来てます」

 

どうやらサイレンススズカも何かに感付いたのか、荷物を置いてすぐにジャージ姿に着替えて部屋から来たらしい。

 

「僕は、明日の朝からしか試走許可を申請していないが?」

 

「それなら、今の時間は私が申請しました。お願いします!」

 

「スズカ、移動の疲れは?」

 

「少し窮屈だったので、身体を動かして伸ばしたいです」

 

サイレンススズカがちらりとダイワスカーレットのほうを見る。

元チームメイトが思い詰めているのは、やはり気掛かりらしい。

 

「仁川のコースにスズカの足を慣らすのが優先だ。それでいいか?」

 

「はい!お願いします!」

 

「はい」

 

とりあえずタブレットとワイヤレスイヤホンをカバンから出す。

先週、ハルヤマと一緒に仁川に向かうダイワスカーレットを見送った時は上々の仕上がりになっていたハズだ。

つまり、阪神ジュベナイルフィリーズで、ダイワスカーレットは何かあったのだろう。

それを確認しないことには、ダイワスカーレットが焦る理由がわからない。

そして、それはサイレンススズカのトレーニング方針を考える参考にもなるだろう。


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