逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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阪神ジュベナイルフィリーズ

阪神ジュベナイルフィリーズ

GⅠ 阪神 芝 1600 外 18人

 

 

 

 

 

 

 

阪神レース場マイルコース。

開設当初は外に行くほど不利なレースだったがスタート位置の変更により、純粋な実力勝負の場になった。

マイルコースでは大おにぎりと称される大回りで流しっぱなしの巨大コーナーとそれを締めるような最初と最後の坂を含んだストレートが特徴。

特に最後の坂はコーナーを出てからの下り坂が続いてからの急激なポップアップであり、数多くのウマ娘がここでふるい落とされてきた。

この坂を誰よりも力強く駆け上がり、登りきった先に待つのは次代のスターのみが立つことを許される仁川の大舞台である。

 

 

 

 

 

 

『阪神レース場、本日の天気は昨日から灰色の雲が抜けきらない曇天、前日の冷たい雨の影響によりバ場状態は稍重での発表となりました』

 

『稍重のバ場の阪神芝1600、ジュニアクラスとなると、なにが起きるかわかりません。誰が勝ってもおかしくないレースですよ?』

 

『そらに浮かぶ雪月花の星への道!そのひとつが今、開演を待っています!』

 

今回の阪神JFがダイワスカーレット、ウオッカ、エアグルーヴの三つ巴の激突となったことは知っている。

ウオッカは11番、ダイワスカーレットは8番、エアグルーヴは6番。

映像越しに観てもサウジでスズカが下したエアグルーヴは見るからに気力充分。

ウオッカはパドックの映像では身震いしていたようだが、ゲートで自分の頬を両手でバシッと叩いて、顔付きが変わった。

そして、ダイワスカーレットは……少し顔が険しい。

よくない緊張をしているようにも見える。

もっとも、先週のことなので今更どうしようもないのだが。

 

 

 

「トレーナーさん、距離は1600でいいですか?」

 

一時停止。

 

「ああ、外回り1600だ。スズカ、仁川の坂を足に覚えさせろ。ダイワスカーレット、まずはスズカの先を走ってくれるか?」

 

「はい」

 

映像を止めてから、二人に指示をする。

サイレンススズカはいつものように短い返事をする、その隣。

ダイワスカーレットは、俯いて拳を握っていた。

 

「ダイワスカーレット」

 

「っ!あっ、はい!」

 

「聞いていたか?」

 

「はいっ!外回り1600、私が先ですね!」

 

明らかに動揺が見て取れる。

僕相手では明らかに態度を“作っている”のがわかる。

ハルヤマの人選、間違ってないだろうか?

 

「ああ、すまない。ダイワスカーレット、少しは気を弛めてくれ。ハルヤマほど信用しろ、とは言わないから」

 

「あっ……はい……」

 

どうしたものだろう、と思う。

素が負けん気の強い性格らしいダイワスカーレットが、こうもガチガチになっているのは、頂けない。

しかし、ハルヤマほど付き合いが長いわけでもない僕が、ズケズケと踏み入るのもよくない。

 

「スカーレット、トレーナーさんは怒らないから、普段通りにしたらどう……かしら?」

 

「スズカ先輩……」

 

少々の気性難はこちらも既にわかっているが、それを安易に出すにはダイワスカーレットが優等生過ぎるのも知っている。

ともあれ、今はサイレンススズカに仁川のターフを走らせるのが最優先だ。

ダイワスカーレットは、無理をしそうだったら止めるだけでも助かる、と預かっているだけ。

しかし……だ。

それで、はいそうですか、と済ますにはダイワスカーレットとハルヤマに不義理だと思う。

ともあれ、何があったかを確かめねばならない。

一時停止した映像を、再生し直す。

 

 

 

『未来のスターウマ娘の候補達が、ゲートに入っていきます。ゲートイン完了、出走の準備が整いました……スタートです!』

 

スタートは良好、ダイワスカーレットが無理なくハナを取った。

強気の先行策に、最初の時点では無理はない。

むしろ、この時点で言うならこのレースは、ダイワスカーレットの勝ちが見えている。

 

ダイワスカーレットから2バ身離れたところで後続が4人。

その中にエアグルーヴがいる。

更にそこから1バ身空けた後続の集団の外にウオッカが付けた。

 

稍重発表だったターフにしては、やや速めのレース展開になっている。

ダイワスカーレットの脚なら、稍重の芝くらいなら苦にしないだろうとは思っていたが、思っていた以上のペースだ。

後続はダイワスカーレットのペースから脱落気味だ。

自分のペースを守ろうとしても、稍重の芝が自分のペースを遅いものにする。

そして、前には平然と走るダイワスカーレット。

ジュニアクラスでこの状況は、かなりのストレスになるハズだ。

掛かる者に、稍重の芝に負ける者。

この日の仁川は、若きスターウマ娘へ向ける審査の目がだいぶ厳しいらしい。

そのまま大おにぎりの大コーナーへと、ダイワスカーレットは先頭で突き進む。

この時点で集団は崩れて後ろに伸びている。

大おにぎりのコーナーを飛び出し、勝負はストレートへ。

ダイワスカーレットはトップスピードまで伸びている。

 

『ハナを進むダイワスカーレットの後ろ!エアグルーヴが迫る!エアグルーヴ!内から並びに!並びに行った!ストレートはエアグルーヴとダイワスカーレットの一騎討ちか!?』

 

コーナーを飛び出したダイワスカーレットの後ろ、内ラチ側に、背中から姿を現したエアグルーヴが攻め込んだ。

別窓に開いた別視点のパトロールビデオを進める。

パトロールビデオでは、コーナーを膨らみ気味に走りながら加速するダイワスカーレットの後ろに、同じく加速するエアグルーヴがより内側のラインで追走しているのが見える。

その後ろに少し離れてウオッカ。

 

窓を切り替えてストレートからの中継映像を観る。

 

『エアグルーヴとダイワスカーレットが並んで競り合う!ダイワスカーレット!粘る!粘る!その後ろ!外から黒い一刺しが来る!ウオッカ!ウオッカだ!ストレート下り坂で!ウオッカが上がってきた!』

 

中継映像を止め、パトロールビデオを進める。

ダイワスカーレットの内にエアグルーヴが刺さったタイミングで外に膨らみ、下り坂を一気に駆け降り始めている。

 

そのまま下り坂を降りきる頃には、ダイワスカーレットを両側からエアグルーヴとウオッカが挟む。

上り坂への入り口、僅かに下がったダイワスカーレットの道が、両側から閉ざされる。

それでも懸命に粘るダイワスカーレットに、僅かにエアグルーヴの進出が遅れる。

そして、ダイワスカーレットとエアグルーヴの鍔迫り合いの外をウオッカが一気に前に出る。

この勝負の決着は、坂の残り20で明らかだった。

 

『外からウオッカ!内からエアグルーヴ!ダイワスカーレット、抜けられない!逃げられない!エアグルーヴとダイワスカーレットの競り合いを!ウオッカが差した!エアグルーヴ!アタマひとつ間に合わない!仁川の坂を!ウオッカが抜ける!抜けた!ウオッカ!ウオッカの勝利だ!2着エアグルーヴ!3着ダイワスカーレット!』




書き終わってからダスカちゃんの誕生日に気付きました。ダスカちゃん、ハッピーバースデー。

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