逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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コードトーカー

「ふむ……桜花賞か」

 

苦しげに胸を手で押さえて、目尻に涙を浮かべながら必死に懇願するダイワスカーレットの顔は、間違いなく本気だ。

ダイワスカーレットにとって、サイレンススズカのティアラ路線参戦は嬉しいことではないだろう。

自分も、サイレンススズカをクラシッククラスの大舞台に出すつもりはなかった。

 

しかし、ダイワスカーレットはサイレンススズカの参戦を願っている。

自身のトリプルティアラをより困難にするだけのことなのに、だ。

 

「お願いします!」

 

「……スズカをティアラ路線にそのまま進ませるつもりはないぞ。君をはじめ、ティアラ路線を走るウマ娘にとって『頼まれたから出た』なんて理由で桜花賞だけスズカが横槍を入れるのは、あまり歓迎出来ないだろう?」

 

「それでも、アタシは……スズカ先輩と桜花賞を走りたいんです!じゃないと……アタシは、ティアラ路線で勝ち抜ける一番のウマ娘なアタシになれない!先週、アタシは思い知ったの!スズカ先輩だったら、あのレースに勝ってた!アタシは、アタシに足りないものがまだ……掴めてないんです!」

 

なんとなく、察してしまった。

そうか、この娘も見えてしまったのだ。

これからのハルヤマの苦労が、偲ばれる。

 

「……スズカ、仁川のコースをきっちりと脚に叩き込め」

 

「はい」

 

ダイワスカーレットの後ろにいたサイレンススズカが、にこりと笑って返事をする。

きょとんとするダイワスカーレットを引き連れてスタート地点へと向かう。

少し、予定ローテに手を加えておくことにしよう。

朝日杯に勝っておけば次シーズン内はどうとでも動けるが、秋の目標に備えて初春の内に中距離路線への睨みを利かせるとなると、弥生賞からの桜花賞か。

少々忙しくなるが、マヤノトップガンのホープフルステークスが問題なければスケジュールの問題は解決するだろう。

 

「え、あの、スズカ先輩?スズカ先輩!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうか。わかった。悪かったな、スカーレットを任せて。しかもローテに入れてない桜花賞に出させることになって』

 

「いや、スズカを堂々とティアラ路線に突っ込ませる理由も出来たからいい。最初は君達もいるし、とティアラ路線にちょっかいを出す予定はなかったんだが……勝負を挑まれたとあっては、スズカに朝日杯で仁川での走りを完全に覚えさせるつもりだ」

 

その夜、ハルヤマに電話で今日のダイワスカーレットの調子を伝えた時だ。

同時に、サイレンススズカの桜花賞参戦予定も伝えた。

 

『いつも通りに強気だな』

 

「今年はティアラ路線組が阪神JF、クラシック路線がホープフルに固まって朝日杯に隙があったからな。サイレンススズカが存分に仁川のコースを走るのにちょうどいいレースになった。結果的に前入りして堂々と特訓出来ているしな。君達には感謝しかない」

 

『マヤノのホープフルは対策無しか?』

 

「対策ならもうしてある。痛い出費だがな」

 

『痛い出費?』

 

「……千葉の治外法権へのビザだ」

 

『……よりにもよって年末にか?』

 

「そう、クリスマスシーズンにな」

 

あとは適当な挨拶をして電話を切る。

仁川に缶詰めとなると、さすがに寂しいものだ。

サイレンススズカはコースを何度も何度も時間ギリギリまで走るし、それに負けじとダイワスカーレットも付き合って走ったので、昨日も含めて1日ずっと仁川のターフの上でデータ取りだ。

関西まで来て、粉モノのひとつも食ってないという少し寂しい事態になっているが、仕方ない。

この阪神レース場のコースを完璧にモノにしろ、と言った手前、疲れも見えないのに止めるわけにもいかない。

 

二人を走らせてる最中の昼の電話では、マヤのほうも真面目にトレーニングをしているらしい。

というよりトレーニングに付き合っているらしい。

同じホープフルステークスに出るつもりのウマ娘なら、マヤノトップガンに追い回されたり引っ張り回されたりしても、たぶん問題はないだろう。

途中でトウカイテイオーまで合流したと聞いた時はさすがに少し驚いたが、マヤノトップガンが同室だから気軽に遊び感覚で呼んだのだろう。

その話を電話で聞いた時に背後から『まーべらーすっ!』『ぼーのっ!』『ちょいちょいちょーいっ!』と叫び声が聞こえたが、たぶん問題はないだろう。

 

たぶん。

 

というわけで、今はサイレンススズカを万全な状態で走らせることに注力する。

それと、ダイワスカーレットの様子も見守ろう。

彼女を担当ではないからと放っておくには、少し気がかりすぎる。

足の具合を見たら、足裏のマメを潰していてソックスをひとつ血塗れでダメにしていたので、そのまま風呂に入らせてからテーピングをしたが、痛がる素振りをまるで見せてなかった。

我慢強いのは、少々困り者だ。

マメを潰したのも、立派な負傷だからケアが必要だと注意はしたが、どこか不満げな顔だった。

ダイワスカーレットの限界点を把握出来てないし、状態もそこまで読み取れないからあまり無理をさせたくないが、させないと本人が嫌がるだろう。

勝手に自主練を始められるくらいなら、自分の目の届くところで無理をしているほうがまだ、いくらかはマシだ。

 

 

 

 

 

 

 

「スズカ先輩、フユミトレーナーっていつもああなんですか?」

 

「ああ、って?」

 

畳部屋に二人分の布団を敷いたあと、ダイワスカーレットは布団の上でテーピングされた足先をそっと指でなぞりながらサイレンススズカに尋ねる。

 

「言葉が少なすぎる、というか……遠回しすぎるというか……いつだかの置き手紙を書いた人とは思えないくらい説明が少なくないですか?」

 

「んー……でもマヤちゃんはそれで全部わかっちゃってるし」

 

「マヤノは基準にしちゃいけないと思いますよ?」

 

「そうかな……でも、言われた通りにしてダメだったことはないから……」

 

サイレンススズカはペットボトルの水を飲みながら、窓の外を眺めている。

浴衣姿で窓の外の空を見上げる姿が、綺麗な人だなぁと同性であるダイワスカーレットが思うほど。

 

「言うことが遠回し過ぎて、最初は何を言ってるのかわからなかったですよ。何をどうしたらここのコースを走り込ませる指示が、スズカ先輩を桜花賞に出すなんて返事になるんですか」

 

「このコースをちゃんと走って覚える理由が朝日杯のことだけだったら、無駄じゃないかなって。何かしら意味があるとしたら他のレースでここに来るって意味だと思って……」

 

「それで桜花賞に……って、その答えに辿り着くまで遠すぎません?」

 

「んぅ…………でも、悪いようにはしないと思ったから……」

 

「…………あー……わかりました。アタシの負けです。負け!」

 

「スカーレット?」

 

ダイワスカーレットは枕に顔を突っ込んで、布団に寝転ぶ。

 

「スズカ先輩。フユミトレーナーのこと、どう思ってます?」

 

枕に突っ伏したまま、ダイワスカーレットは尋ねる。

 

「……わからない。スカーレットの言う通り、言葉は遠回しだし……いつも変な笑顔だし……マヤちゃんをものすごく甘やかすし……でも、私の走りを一番最初に信じてくれたし、大事にしてくれてるのはわかるから……それでいいかな、って……」

 

サイレンススズカの言葉に、ダイワスカーレットは聞きながら、足と尻尾をバタバタさせている。

 

「……なら、よかったです。もう寝ますね!おやすみなさい!」

 

「ええ、おやすみなさい」




とりあえず朝日杯→弥生賞→桜花賞まで当てた人は三連単です。おめでとうございます。

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