逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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朝日杯フューチュリティステークス

朝日杯フューチュリティステークス

GⅠ 阪神 芝 1600 外 18人

 

師走の阪神レース場の新星輝く舞台のひとつ。

一週前の阪神ジュベナイルフィリーズと同じコース。

ホープフルステークスがすぐ後ろに控えており、中距離が主軸のクラシック三冠路線を目指すウマ娘とはやや噛み合わず、ティアラ路線組も少しでも余裕のある形でホープフルステークスに滑り込むために阪神ジュベナイルフィリーズを選択するため、このレースに集まるのは主に短距離マイル路線を目指すスピード自慢のウマ娘達。

仁川の坂を駆け上がる、次代のスピードスター達の激突である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今回のレースだが……少しだけ外を走れ」

 

「え?」

 

「あまり内に入らないように、一人分だけ内を空けるんだ。あとはいつも通り、のびのびと走れ」

 

「はい」

 

サイレンススズカにいつも通りに指示を出してコースへと見送る。

今日のレースは、彼女にとっては初めての経験になるだろうレースになる。

ここで勝てば、サイレンススズカは課題をひとつ克服する。

 

「フユミトレーナー」

 

「ん?」

 

後ろから声をかけられて振り返る。

今日はダイワスカーレットと一緒にサイレンススズカのレースを観戦することになっている。

そろそろ見やすいところに連れていこう。

 

「あの指示の意味はなんですか?」

 

「んー、そうだな。ヒントはこれだ」

 

ダイワスカーレットの疑問に、今日の出走リストを渡す。

これと、昨日まで足の裏のマメを潰してまでサイレンススズカと一緒に走っていた時に、意識してこの阪神レース場を走っていた経験があれば、まぁ最後のストレートでわかるだろう。

 

「……出走リスト?」

 

今はムスッとした顔だが、ダイワスカーレットは頭がいい。

レースが始まればすぐに気付く。

口であれこれ説明するより、実際に見た時に自分で気付くほうが経験として身に付く。

 

「さて、観客席に行こうか。君にも、いい勉強になるだろう」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

『仁川の舞台に次代のスピード自慢が集う!最速最短の最強神話のスタート地点!朝日杯フューチュリティステークス!一番人気は6番、サイレンススズカ!二番人気は1番サクラバクシンオー!3番人気はヒシアケボノ!5番での出走です!』

 

今回のレースには、1400までだったら今期のクラシックではターフ最速と目されている、注目株のサクラバクシンオーがいる。

サイレンススズカに一度ぶつけておきたかったタイプなので、ここで当たれたのは幸運だ。

数少ないだろうこの機会を、逃さずにものにさせたい。

 

『ゲートイン完了!出走の準備が整いました!……スタートです!』

 

ゲートが開いて、真っ先にサイレンススズカが飛び出した。

その後ろにサクラバクシンオー。

だが、サクラバクシンオーはすぐにサイレンススズカより前に出る。

ゼロからの加速力がやはり違う。

相手はアクセル一踏みでゼロヨンをカッ飛ぶロケットカーだ。

サイレンススズカを最初から引き離すことが出来る。

 

「あの人、スズカ先輩より前に!?」

 

「ああ、前に出たな」

 

「あれもスズカ先輩を塞ぎに?」

 

「いいや、違う。あれは、真っ向勝負を仕掛けてきた。もっと言えば……なにも考えてない」

 

『サクラバクシンオー!サイレンススズカ相手に3バ身差!サイレンススズカはやや外から追走!』

 

 

 

 

 

 

「バックシィイイイイインッ!!!」

 

スタート直後に後ろから声がして振り返る。

パドックでのアピールの時もゲートに入る時もバクシンバクシン言ってる人がいたとは思ったが、空けていた内をとんでもない速度で突っ走ってくるとは思わなかった。

そのままバクシンバクシン言ってた人が前に出る。

嫌な予感がして後ろに聞き耳を立てるが、気配はない。

 

まさか、単にスピード勝負を仕掛けてきた?

 

普段、自分がしていることをやり返されるとは思わなかった。

自分より速い相手を追う、こんなレースはたぶん初めてのことだ。

この最初の直線でいきなり4バ身差、後ろのやたらと大きな足音は、それよりもっと離れている。

このまま走っていったら、どこまで走れるんだろう。

 

よし、追おう!

 

脚に力が入る。

前にいるバクシンバクシン言ってた人は、コーナーに入った。

 

『サクラバクシンオー、ハナを進みコーナーを進む!サイレンススズカは4バ身後ろで追走!』

 

 

 

 

 

「あの人、スズカ先輩より速い!?」

 

「ああ、速いな」

 

「ちょっと!大丈夫なんでしょうね!?」

 

「さぁ?」

 

「さぁ?じゃないわよ!スズカ先輩がこのまま負けたらどうすんのよ!?」

 

さすがにサクラバクシンオーのスピードに面食らったのか、ダイワスカーレットがフユミの隣でいつもの優等生らしさを完全に投げ捨てた態度で迫る。

フユミがのんびりとLサイズのフライドポテトを摘まんでいるのが、危機感なく映ったのだろう。

ダイワスカーレットに揺さぶられて、食う?と差し出していたフライドポテトが溢れそうになってあわてて観客席のアームレストに置いた。

 

「どうしようもないさ。じゃあ聞くが……先週、君が負けた時にハルヤマがここからなにかをしたら勝っていたか?」

 

「むっ……ん……」

 

「僕達トレーナーはな、ターフに君達を送り出したら出来ることなんてないんだ。だからターフに送り出す瞬間まで最善を尽くす」

 

「……あの変な指示も、アンタの言う最善なの?」

 

ダイワスカーレットが揺さぶるのをやめたのを見計らって、置いていたフライドポテトをもう一度持つ。

 

「スズカならあの指示を出しておけば、負けはしないだろう。だから、あとはここで待つ」

 

「……なによ。要するに、どうあってもスズカ先輩が勝つって信じてる。そういうことじゃない」

 

せっかく買ったフライドポテトが少し冷めてきている。

フライドポテトが冷えた油だらけの悲しい炭水化物に化けてしまう前に、とっとと食べてしまおう。

 

「それは、ハルヤマもだと思うぞ」




冷えたフライドポテトとぬるいコーラは存在が罪だと思うので食べる時はバクシンしましょう!

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