逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「アタシの、トレーナーも……?」
フライドポテトを口に運びながら、フユミはコーナーを走るサクラバクシンオーとサイレンススズカを見る。
2バ身半、今のところは予定通りだ。
「ハルヤマも君が1番だと信じて、送り出しているハズだ。電話で桜花賞にスズカを出す、そう言った時……アイツは一言もぼやかなかった。きっと、スズカが桜花賞に来たって君を勝たせるつもりだ」
ダイワスカーレットがたじろぐ間に、サイレンススズカが最終コーナーを少しだけ外に膨らみながらついに減速を始めたサクラバクシンオーを追い抜く。
後方のやたらとでかいウマ娘との差は既に大差。
ここから先は、サイレンススズカの独壇場だ。
残る問題は、このペースで食べていたら確実に残り1/4が冷めて悲しい思いをしながら食べることになるフライドポテトだけ。
「とりあえず食ったらどうだ?」
「……もらうわ」
「ぬぉおおおおおっ!バクシンッ!バクシンッ!バクシィイイイイイインッ!!!」
前の人が、少しずつ近付いてきた。
自分のスピードが少しずつ乗ってきた。
コーナーを少し膨らみながら、出口のストレート下り坂を目指す。
内を空けて走れ、というのはこの状況を見越してのことだろうか。
コーナーの出口に至るまでに、みるみると前との差を詰めていく。
自分でも驚くほど、あっさりと外から前の人を抜き去って、最後のストレートに飛び出した。
『サイレンススズカ!最終コーナー出口ギリギリでついにサクラバクシンオーを捉えた!ストレートで最初に飛び出したのはサイレンススズカだ!サクラバクシンオー!巻き返せるか!?』
ストレート前半分の下り坂、それを内に入りながら駆け降りる。
ここで最高速度を出しながら、最後の上り坂を目指す!
後ろのバタバタうるさい足音もバクシンバクシン言ってる声も、どんどん小さくなる。
『仁川の舞台!スターへの大階段!最後のストレートを今!独走するサイレンススズカが駆ける!その4バ身後方には今!サクラバクシンオーを外にかわしてヒシアケボノ!ヒシアケボノが飛び出した!目指すはサイレンススズカ!間に合うか!?間に合うのか!?』
上り坂入り口、僅かに濃くなる緑のラインを、踏んだ!
上り坂の一段を二歩目が踏み、そのまま身体が坂を上る。
もう、止まらない!
ここで、全力を出して振り切る!
坂の上へと目指して駆け上がる。
後ろから小さな足音が近付いてきたから、それ以上の速度で!
仁川の坂を、練習していた時よりもさらに速く駆け上がっている気がした。
『サイレンススズカ!最後の上り坂で更に加速した!?信じられない末脚だ!3バ身差まで迫ったヒシアケボノを更に振り切る!そのままゴール!1着、サイレンススズカ!2着はヒシアケボノ!三着に飛び込んだのはサクラバクシンオー!』
「ああ……スズカ先輩が!勝った!やった!勝ったわ!」
悲しい運命が待つフライドポテトを救う使命を果たしている間に、サイレンススズカは後続を一気に引き離して仁川の坂を駆け上がった。
サイレンススズカにとって、初めての追走だったレースだが、ちゃんと自分のペースを守って走っていた。
課題はひとつ、クリアしたと見ていいだろう。
自分より瞬間的にでも明らかに速い相手に動じずに走れるか。
その点に問題がないことを確認した。
そもそもサイレンススズカ以上のペースでサイレンススズカ以上の距離を走っていられるウマ娘がどれだけいるか、という話だ。
これで、この先のローテにも問題なく進める。
クラシック三冠やトリプルティアラよりも明確に、現役最速最強のウマ娘が誰かを、わかりやすく伝えるためのローテ。
そのためには弥生賞ともうふたつのステップが必要だ。
それをもって、まずはサイレンススズカの今世代最速を示す。
そこまで無敗ならなおヨシ。
たとえ今回のクラシックで三冠ウマ娘が生まれようが、サイレンススズカが最強だと示せるように挑む大勝負はふたつ。
まずは梅雨の大勝負で、誰の目にもサイレンススズカを最速だと認めざるを得ない結果を出す。
「ねぇ!迎えに行きましょ!」
「ああ、行こう」
フライドポテトの残りの小さな余りを口に流し込んで、紙ケースを畳んで潰す。
途中にゴミ箱があったハズだ。
そこに投げ込んでから、ウイナーズサークルに向かおう。
「ふう……楽しかった」
坂を駆け上がった瞬間、練習で何度も上がった坂なのに実際のレースで駆け上がった時の感覚はまるで別物で、歓声すら遠く、冷たい風が頬を撫でて気持ちいい。
もっと長く、もっと速く走れたら、きっともっと……
「スズカせんぱーいっ!」
「スズカ」
名前を呼ぶ声がして振り向く。
スカーレットが、ウイナーズサークルで手を振ってる。
その後ろで、いつもの通りのなんとも胡散臭い笑顔のトレーナーさんが待ってる。
そっか、1着だったんだ。
ウイナーズサークルの真ん中に立った時、観客席からの歓声がようやく自分に届いた気がする。
「スズカ。観客席に手を振る時は大きく、な?」
「あ、はい」
トレーナーさんが心配そうな顔をしたけど、なんでだろう。
脚は無理をしてないのか、この前みたいな震えはないし、なんならもう一回走りたいくらいなのに。
「スズカ、このあとのライブも忘れずにな」
「え、あっ……そっか。ライブ……曲、なんでしたっけ?」
「……“ENDLESS DREAM!!”だ。リハの時間を長めにしとくか」
このあと、ライブは付け焼き刃ながらそつなくこなしました。