逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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カバルセラピー

「スズカ、お願いを聞く機会がなくて悪かったな」

 

「いえ、何も決まってなかったので……」

 

朝日杯の翌日に仁川から府中に戻ってきて、もう既に昼を回っている。

明日から授業がある以上、あまり遅くなれないし、ダイワスカーレットも一緒だったのでまっすぐ帰ったほうがいい状況だった。

出歩くような時間は最初からなかったのだが、幸いにして冬休みが近い。

サイレンススズカからのお願いは、正月からいくらでも聞く暇がある。

なにより、急いで考えさせるとまた左回りでぐるぐる衛星軌道を始めてしまう。

それなら、彼女が自然に思い付いたところに行くなりしたほうがいいだろう。

 

「思い付いた時に言え。急いで考えなくてもいい」

 

「なら、思い付いたその時までとっておきますね」

 

サイレンススズカは隣を歩きながら、にこりと笑う。

これは一番聞きたくないワガママを通すために温存するつもりだ。

似たようなことをマヤノトップガンに食らったあとなので、一応だがクギを刺す。

 

「……言っておくが利息は付かないからな」

 

「え?」

 

「……なんでもない」

 

そこまで考えていなかったらしい。

いらんことを言った。

変な空気になる前に話題を変えよう。

 

「しかし、商店街で買い物する用事なんてあったのか?」

 

「この先の和菓子屋さんのいちご大福が食べたくて」

 

「デザートか……朝日杯を頑張ったしな。僕が出そう」

 

入り口に飾られてるどこかで見た金の魚のオブジェの横を通り過ぎて、商店街のアーケードの中に入る。

この商店街の中にある店は、ほとんどがトレセン学園との取引もしている大店で、なにぶん某芦毛のフードファイターはともかく、石を投げれば胃の中に猛獣飼ってるようなウマ娘に当たるような食材のブラックホールことトレセン学園が頭のおかしくなりそうな規模で取引しているので、昨今のシャッターストリートとは無縁の大繁盛を続けている。

サイレンススズカを寮まで送り届けたあとに商店街に寄って、適当に晩飯を買うつもりで来たのだが、サイレンススズカが自分も商店街に行くと言い出したのでそのまま連れてきた。

順番の前後は、まぁ誤差だ。

 

予定通りにフユミ達は和菓子屋に入り、サイレンススズカにいちご大福を買ってやって、八百屋で古漬けを買って、そのまま商店街を出る。

 

「トレーナーさん、夕飯のおかずを買いに来たのでは……?」

 

「ああ、だから買っただろう?」

 

フユミは手提げのビニール袋を持ち上げる。

 

「漬物だけですけど……」

 

「人間は燃費がいいんだ。君達と違って、食った分そのまま走るってことが出来るほどの運動能力もない。節制しないと油断したらすぐにダルマだ」

 

「そういうものなんですか」

 

「そういうものだ。君達は食わないとダメだけどね。よく食う奴が最後まで走る、覚えときなさい」

 

そういうものらしい。

フユミにしては珍しく、ハッキリと言ってきたことは、特に大事なことなのだと思う。

サイレンススズカは、しゃもじ一回分だけ今夜のご飯の量を増やすことを決心した。

 

そのあとサイレンススズカは、改めてフユミの姿を見る。

サイレンススズカは自分が細身である自覚はあるが、フユミもそれなりに細身だと思う。

自分を抱えて歩いたことがあるから、非力という訳でもないと思う。

ただ一度、腕を掴んだ時の感覚はそんなに太さや筋肉を感じなかった。

男の人って、やはり見た目より力があるのかしら?

そんなことを考えながら、隣を歩く。

普通に歩いてる時は、いつもの胡散臭い笑顔じゃないのに、話しかけるとすぐに笑顔になる。

それがなんでなのかは、わからない。

 

たぶん、嘘は言ってないんだと思う。

ただ、お面を被っているようで、それがなんだか嫌いなのだ。

なんで嫌なのかは、わからないけど。

マヤちゃん相手でも同じ顔をしているということは、きっとトレーナーとしてやってることなんだと思う。

月刊トゥインクルの記事での写真も、あの胡散臭い笑顔でろくろを回してそうな写真だったし。

スカーレット相手には、もっとわざとらしかった。

 

やっぱり、まだわからない。

今回の朝日杯も、終わったあとに内を空けろと言った理由を答え合わせしようと思った時もそうだ。

 

「今回の朝日杯での感覚は忘れるな。次のレースは弥生賞だ」

 

と、相変わらずあやふやなことを言われた。

たぶん、正解だったんだと思う。

次の私のレースが弥生賞なのも、理由はわからない。

皐月賞に出すつもりがないどころか、桜花賞に行くことが決まってる。

出走資格は朝日杯で取ったから、弥生賞を積む理由もない。

スケジュールの間隔も狭い。

たぶん、何かしらの理由はあるんだと思う。

その理由を言わないのは、きっとトレーナーさんに言わせれば「大したことではない」理由だから。

トレーナーさんの言う「大したことではない」がどういう意味なのかは、まだわからない。

そのうち、わかる日が来るんだろうか。

出来たら、ターフを走っている内にわかるようになりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝手にスズカ先輩に宣戦布告しちゃった」

 

「構わないさ。お前が自分で必要だと思ったんだろ?」

 

ダイワスカーレットはフユミとサイレンススズカに駅で別れを告げたあとに、駅まで迎えに来ていたハルヤマと並んで歩く。

二人は商店街に向かうらしいので、逆方向のショッピングモールに寄り道した。

話がしたいから遠回りしたい、なんて言えずに買い物と言い張って。

 

「ねぇ、アタシはスズカ先輩に……勝てる?」

 

ダイワスカーレットは隣を歩くハルヤマに、道すがらに尋ねた。

フユミが言う通り、ハルヤマが自分のことを信じているのか、確かめたくて。

 

「勝てるさ……勝たせるさ。お前も、仁川をかなり走り込んできたんだろ?その間にいろいろ考えておいた。あとは俺が出来る限りのことをしてお前を、スズカ相手にも勝って桜花賞を取れる一番のウマ娘にする。今度こそお前に、堂々と一番のウマ娘だって名乗らせてやりたいからな」

 

「……アタシ、本当に一番のウマ娘になれる?」

 

「なるんだろ?一番のウマ娘に。そう言ってたお前を信じたから担当になったんだ」

 

……本当だった。

なんだ。

この一週間のモヤモヤは、こんな簡単に解けるようなことだったんだ。

次はウィナーズサークルの真ん中で、自分が一番だって言ってやる!

 

「そ、そう……当然よね!なるわよ!なってやるわ!」

 

「そのためにも、まずはチューリップ賞を確実に取るぞ。まだティアラ路線の道は閉ざされていない」




日曜日に仕事だって言うから出たら来週に予定がずれていたのでバクシンします!

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