逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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ジャミングチャフ

「トレーナーちゃんおかえりー!」

 

「ただいま、いい子にしていたようだな」

 

「えへへっ!ほめてほめて!」

 

寮の入り口で待っていたマヤノトップガンが駆け寄って抱き付いたのをフユミは抱え上げて、くるりと回る。

下ろしたあとに頭を撫で回してる様子も込みで、マヤノトップガン以外にやったら間違いなく通報されそうだなぁ、と隣にいるサイレンススズカは思う。

どうにも尻尾が落ち着かなくてパタパタする。

両手で持っているいちご大福の入った紙袋に、少しだけシワが寄る。

 

「そういえばスカーレットちゃんは?帰りは一緒じゃなかったの?」

 

「駅にハルヤマが迎えに来ていたからそこで別れた」

 

「ふーん、あ!デートだ!いいなぁ」

 

ああ、やっぱりあの二人はデートしに行ったのかな。

あれ?そうすると商店街で二人で買い物した私達は?

 

「商店街で漬物といちご大福買って帰ってきただけの僕達とは違うねぇ……」

 

「いちご大福?」

 

「スズカが好きらしくてな」

 

「スズカちゃんが持ってるそれ?いいなぁ」

 

マヤノトップガンに見つめられて、たじろいでしまう。

フユミが何故か「ふたつ買っておこう」と言っていたのは、これを見越したのかはわからない。

 

「……ふたつあるから、一緒に食べる?」

 

「いいの!?わーいっ!」

 

無邪気に笑うマヤノトップガンが、可愛らしくなってしまった。

フユミが甘やかし気味なのも、納得してしまう。

自分に妹がいたらこんな感じなのだろうか?

 

「ああ、そうだ……マヤ、明日から少し難しいことを覚えさせていくからな」

 

「むずかしいこと?んー……マヤ、がんばっちゃうよ!」

 

そういえば、マヤノトップガンは自分のトレーニングに付き合ってたことはあっても、マヤノトップガン自身のトレーニングはしたことがないハズだ。

そもそも、マヤノトップガンと最初から本気で走ったことがどれだけあるだろうか?

そのことに気付いたサイレンススズカは、僅かに眉をひそめた。

 

「いちご大福ー!わーいわーい!」

 

このいちご大福ひとつに両手を広げながら走り回って喜ぶ少女の本気を、一度も見たことがないことに。

 

「トレーナーさん、では私達はここで。マヤちゃん、中で食べましょう?」

 

「うん!」

 

「ああ、また明日」

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「お、おかえり。久しぶりだ、な……」

 

ガチャリとドアノブが回り、扉を開けた同室のダイワスカーレットの姿に、ウオッカは読んでいたバイク雑誌を手から落とした。

 

「なによ?」

 

「いや、一週間もずっと阪神レース場から帰ってこなかったからさ。スズカ先輩とずっと走ってたんだろ?」

 

「ええ。アタシが留守の間に部屋がどれだけ散らかってるか、気になって仕方なかったわ」

 

ダイワスカーレットは、自分のクローゼットの前で制服を脱いで着替えていく。

同室で見たいわけでもないのに毎日、着替えているところを見るウオッカだから気付いた。

 

「部屋の心配より自分の心配しろよ。脚、どれだけ使い込んできたんだ?」

 

「大したことないわよ。スズカ先輩とずっと走ってきただけだもの」

 

明らかに一週間前の時より脚のハリが違う。

ウオッカですら気付く変化だ。

トレーナーだったら気付かないハズがない。

 

「アタシはもう、負けるのは嫌。勝ちたいの……絶対に」

 

ソックスを脱いだ足先の痛々しいまでのテーピング。

これが、サイレンススズカとずっとサシで対決し続けたからこその物か。

ウオッカは、正直に言えばダイワスカーレットを見誤っていた。

真面目で意地っ張りで見栄っ張りで意固地で頑固で負けず嫌いで猫被りな優等生というだけで、確かにレースでは手強いが勝てる相手でしかなかった。

それが、ここまでなりふり構わず外聞も投げ捨てて信じられないトレーニングをしてくるとは思わなかった。

人より重いトレーニングを常に率先しているダイワスカーレットが、テーピングなどのケアを隠さない、あるいは隠せないほどのトレーニングをしてきた。

 

ウオッカは、自分の中に予想外の気持ちが湧いてきたことに驚いた。

 

戦いてぇ。

勝ちてぇ。

 

「スカーレット、次はチューリップ賞だろ?」

 

「そうよ。桜花賞に出るためにもね」

 

ウオッカは、衝動が止まらなかった。

次の日に四角四面な顔の自分のトレーナーに無表情で思いっきり頭をチョップされることになったが、それでもこの衝動は止まらなかったと思う。

 

「スカーレット、俺も出る。勝負しようぜ」

 

「いいわよ、チューリップ賞でアンタに勝たなきゃ……桜花賞でも勝てっこないもの」

 

 

 

 

 

 

 

「テイオーの仕上がりはどうだ?」

 

「上々だな。テイオーの調子に懸念はない」

 

生徒会室で、スーツ姿の男がキーボードを叩いている横で、シンボリルドルフは書類をめくっては判子を押す。

その中で出てくるのは、シンボリルドルフ一番の秘蔵っ子。

トウカイテイオーの話題だった。

 

「テイオー以外に懸念がある、か」

 

「マチカネフクキタルが未勝利戦を勝ってホープフルに間に合わせてきた。それと、メイクデビューをそつのないレースで勝っていたナイスネイチャもいる。何より」

 

「……マヤノトップガンか」

 

「正直に言えば、情報が足りない。いや、情報にノイズが多すぎる。マヤノトップガンの実力を、見極めきれていない」

 

「ノイズ?」

 

これを見ればわかる。

そう言って、男が渡してきた一枚の紙を見る。

 

「マヤノトップガンが珍しくちゃんと練習している、と聞いてテイオーに模擬レースをさせたんだ。他のウマ娘も一緒に」

 

見る限りは模擬レースのレコードのようだが、マヤノトップガンの着順はバラバラだ。

常に1着だったりするわけではなく、たまに3着だったりもしている。

これだけだと、単に実力あるウマ娘なのだとしか思えない。

テイオーと渡り合える時点で、それは間違いない。

ただ、目の前の男がその程度でしかめっ面になるのも妙だ。

 

「かけっこの遊び感覚でレースをしているようにも見えたが、あとで見返してハメられたと気付いた。一緒に走っていたテイオーはきっと気付いていないが、フユミが普段からこの指示を出していたとしたら……マヤノトップガンは、かなりの難敵だぞ」




仕事があったりタウラス杯でエアグルーヴが2位を4回取って白い箱持ってきたりチームレースがダメでデイリー受け取れなかったりしたので昨日は休みました。バクシンバクシーンッ!

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