逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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ホープフルステークス、書き上がりました。
予約投稿済みなので、本日23:55に決着です!


パドックにて、錯綜

「……貴様」

 

観客席でエアグルーヴが見つけたのは、スーツ姿の男。

正直に言えば、苦虫を噛み潰したような気分だ。

 

「おや、女帝まで観覧に来るとは。テイオーも鼻が高いだろう。無敗の三冠、最強のウマ娘、無敵のテイオー伝説の開幕戦だからな」

 

「ほざけ……それがどれだけの至難か、貴様はわかっているのだろう?」

 

「テイオーがどれだけ強いかは、疑う余地もない。君もテイオーの素質を疑ってはいないのだろう?」

 

「……当然だ。生意気だが……生意気が許される才気がある。今回のホープフルステークスは、テイオーが取ったと言ってもいいハズなんだ」

 

エアグルーヴはしかめた顔で、パドックを見る。

確かに実力のありそうなウマ娘が並ぶが、トウカイテイオーには及ばない。

そう思うには、明らかに一人だけ異質なウマ娘がいる。

 

「マヤノトップガン、だろ?」

 

「ここまで重賞どころかメイクデビュー以降の出走無し、成績と態度の乖離から評価はさほど高くない。唯一の記録があるメイクデビュー戦もハナ差での勝利。タイムレコードも平々凡々。ハッキリと言えばこんなところに顔を出すようなウマ娘ではない……」

 

「というのが、君の知る資料上でのマヤノトップガンだ。私の知っているマヤノトップガンは少し違う」

 

エアグルーヴは、わざわざ角の席に座る男の隣に立つ。

この男はエアグルーヴが自分の隣に座ることはないことを知っているのだ。

 

「我々は、フユミトレーナーに一杯食わされたかもしれないぞ」

 

「フユミトレーナー、にか?まさか、トレーナー一人に我々が振り回された?そんなことがあるわけ」

 

「そうやって周囲を振り回しに振り回して……一人のウマ娘を七冠の皇帝にしたトレーナーを、君は知っていると思うが?」

 

「貴様……」

 

エアグルーヴの組んだ腕、その人差し指が150bpmを刻んで肘を叩く。

 

「エアグルーヴ、賭けをしよう」

 

「賭け、だと?」

 

「どっちが勝つか。わかりやすいだろう?」

 

「……トウカイテイオー。他には有り得ん」

 

エアグルーヴは吐き捨てるに等しく言った。

ナイスネイチャやマチカネフクキタルが劣るとは言わない。

だが、トウカイテイオーには並べられない。

ましてや、テイオーの面倒を見ているのは、この男なのだ。

 

「そうすると、私はテイオーには賭けられないな……まぁ、賭ける気はなかったが」

 

平然と言ってのけた男は、売店で買ったのだろうビンの王冠をひねって外す。

 

「マヤノトップガンに賭けるよ」

 

「貴様…………ッ!」

 

エアグルーヴの額に青筋が浮かび、眉間に皺が寄る。

ひきつった頬の下で歯を食い縛っているのが、外からでもわかる。

 

「テイオーが勝ったら、私がトゥインクルシリーズの残り2年の間……君のトレーナーになろう」

 

王冠を指で弾きながら、男はビンの中のオレンジジュースを呷る。

ピン……ピン……とリズムを刻み、ビンの蓋が宙を舞う。

 

「万が一にもだ……マヤノトップガンが勝ったら?」

 

パシリ、と王冠を手のひらに握った男はビンの口を叩く。

王冠がハメ直されたビンの口を向けながら、エアグルーヴに笑いかける。

 

「ワガママ言ってないで、いい加減に自分のトレーナーを探せ」

 

「……いいだろう。乗ってやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニッシッシッ!みんなー!無敵のテイオー伝説の幕開けだぞー!」

 

トウカイテイオーが観客席に向かって名乗りあげると、それだけでギャラリーが沸く。

かわいいナリして、才能はルドルフの再来なんて持て囃されるほどで、成績ももちろんここで一番人気を取るだけあって、公言する目標も無敗の三冠を堂々と言って回る。

どこまで行っても主人公だなぁ。

 

「皇帝の次は帝王ですか……そうですかそーですか……シラオキ様ぁ……私はやりますよ……このマチカネフクキタル……シラオキ様からの試練に……全力でお受けしますとも……」

 

脇にはここがパドックだということを忘れたマチカネフクキタルが怪しい呪文やら独り言やらを唱えながら水晶珠を磨いてるし、脇役までキャラ濃すぎでしょ。

マヤノトップガンも観客席からのリクエストに応えたポーズを取ってめっちゃ写真撮られてるし、これでレースも天才的とか反則だわ。

 

「ホントこれ、あたしは完璧にモブじゃん」

 

ひとり、パドックの端でぼやいてしまう。

手堅くそこそこ走るネイチャさんの出る幕じゃないわ、こりゃ。

ゲート入りどころかパドックの時点でも、こんなところに送り出したトレーナーさんを恨みそう。

 

「ネーちゃーん!」

 

「ネーちゃーん!」

 

うわ、中山まで来るなんて思わなかった。

声がしたほうを振り向くと、いつもの商店街のおっちゃんおばちゃんがどこで作ったのか横断幕出してるし。

黄色い魚の上にデカデカと

 

「勝気は勝機!ナイスネイチャ」

 

じゃないってば。

どっから出てきたんだ、その横断幕。

ほっとくと、どこまでヒートアップするかわかんないしなぁ。

 

「はいはい、いつものナイスネイチャですよー」

 

「ネーちゃーん!GⅠひとつ!さらっとかっさらっちまえ!」

 

「金のおさかなさんパワーもあるぞー!」

 

「がんばれー!」

 

「あっはは……まぁ、やれるとこまではがんばりますよー」

 

期待が眩しいなぁ、ホント。

あたしの肩には重過ぎる期待だわ。

まぁでも、やれるとこまではやったりますかー。

ホープフルステークス、2着を当てましょう!

  • 1番マヤノトップガン
  • 10番トウカイテイオー
  • 3番ナイスネイチャ
  • 13番マチカネフクキタル

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