逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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マヤノトップガン、フォックスツー

ピストルでの合図で、サイレンススズカは飛び出した。

どちらが外にするか、それを決める時にマヤノトップガンに言われた言葉にカチンと来たのもあって、スタートダッシュは完璧過ぎるほど速かった。

 

「マヤは外でも内でも、どっちでもいいよ!どっちでもマヤが勝っちゃうもん!」

 

見くびられている?

舐められている?

自信過剰?

憐れまれている?

 

どれでも、サイレンススズカにとっては不服だ。

一回り以上小さな中等部の少女にナマイキを言われてニコニコしていられるほど、サイレンススズカは大人しくない。

大人げなく内側を取り、そして今まで振り返っても間違いなく最高レベルのスタートダッシュを切った。

遠慮などしてやらない。

 

全力で、引きちぎってやる!

 

サイレンススズカは目の前のターフに目を見開き、最初から思いっきり踏み込んだ。

この時点で、サイレンススズカの意識からマヤノトップガンのことは二歩目には完全に消え失せた。

ややバンク気味な1つ目のコーナー、その内ラチにミリ単位まで寄せながらサイレンススズカは駆け抜ける。

ターフを捉える足が僅かに横に滑り、自身を振り回す遠心力で外に膨らみかけるのを踏み込んだ脚力で捩じ伏せ、無理矢理とも言える軌道修正をしてまで内ラチにへばり着くように走り、ここで加速していく。

サイレンススズカは、自分が不可能だと思い、封じ込めていた空想にも等しい理想の走りを、自分の足で現実の世界に引き出している。

 

これが出来ないなら、自分はただの下手の横好きで走っているだけのノロマだ。

 

そんなこと、受け入れられない!

 

コーナーを抜け、ストレート。

傾斜3%の下り坂へ前のめりに突撃する。

目の前にターフがまるで壁のように迫る。

姿勢を崩せばそのまま青臭い地面とキスすることになる。

それを自分の今の速度だからこそ実現出来るギリギリの重心バランスと、自身の脚力で駆け抜ける。

久しぶりに自分の好きに走ると、この下り坂がここまで速く駆け抜けられるなんて、嬉しくてたまらない。

自分の身体の限界スレスレでコースをクリアしていくこの感覚。

どう走ればこのコースを踏破出来る?

どう走ればコンマ一秒でも速く駆けられる?

そうだ、私は走るのが好きなんじゃない。

 

最速で走り抜けるのが好きなんだ!

 

私の相手はこのターフだ、このターフだけが私の相手だ。

あの時も慣れないターフを相手に戦っていたら、最初から最後まで一着だった。

 

私は、レースが苦手だ。

そのことを、今更否定しようがない。

ならどうして、あの時の私は一着で駆け抜けた?

 

ようやっと、疑問が解けた。

簡単なことだった。

私は、誰よりもこのターフを速く走れる!

 

目の前のターフが一瞬近付き、踏み足で身を起こすと下り坂が終わり、最終コーナーが見える。

再び最高速でかつ内ラチに迫ろうとしたところで、ターフの色が僅かに濃くなった。

 

しまった。

 

直感でサイレンススズカは、自身の5秒後を未来視した。

あまり他のウマ娘が踏み込まない最終コーナーの内ラチのターフは、踏まれ続ける外側より当然柔らかく、葉も長い。

定期的なメンテナンスも、今夜がメンテナンスの予定日だったハズだ。

周期的に一番、メンテナンスまで間が空くタイミング。

突っ込んだ自身の足は、間違いなく他の地点より横に滑る。

内ラチは、維持出来ない。

 

サイレンススズカの走行ルートは僅かに外に膨らみ、それでも可能な限りでコーナリングを最短で駆け抜けるべく、跳ぶように軌道修正を仕掛ける。

その膨らんだ一瞬の内ラチ、その隙間に橙色のノーズが突っ込んだ。

すっかり存在を忘れていた追跡者が、サイレンススズカの背後からトリガーを引いた。

 

「げっきはぁあああああああっ!!!」

 

サイレンススズカが足を滑らせた長い葉を、マヤノトップガンは前に滑りながら一瞬だけ開いたサイレンススズカの内に飛び込んだ。

 

「はぁぁぁぅあああああああっ!!!」

 

それでも、マヤノトップガンの今の速度よりサイレンススズカのほうが速い。

サイレンススズカは半ば意地でそう判断して更に一歩、内ラチに向かって突っ込む。

絶叫にも等しい咆哮を伴って、サイレンススズカは一気にスパートをかけた。

 

マヤノトップガンにも、それはわかっていた。

だから彼女に出来るのは二択、ここで下がるか、ここから更に二足前に飛び出すか。

 

ここで下がるなら、この内ラチに飛び込んだ意味は、ない!

 

結果、ほぼ平行で肩で鍔迫り合いながら二人はコーナーから飛び出す。

 

最後のストレート、ゴール板はもうすぐそこ。

上り坂の傾斜はほんの僅か。

残りの全てを足に注ぎ、歯を食い縛りながらサイレンススズカは駆け抜ける。

 

心臓の早鐘、ターフを刻む足音、切り裂く風、自身の速さで滲んで緑の一面となったターフ、白の一色になった柵、目の前で僅かに広がる白い虚空、そうか、これが……

 

もっと……もっとだ……!もっと速くっ!

 

視界の右にいる不可解な橙色は、この足で掻き消す!

 

私の見たかった景色に、土足で入り込ませない!

 

ハッキリと見えるゴール板前を駆け抜け、求めていた景色の片鱗が見えた瞬間、足がよろよろと力が抜け、6歩目でターフに仰向けで転がった。

荒れた息は、しばらく収まりそうにない……

全身が、呼吸以外のことを拒んでいる。

芝2400って、こんなに苦しかったっけ?

誰かとレースして、苦しくて、追い抜いて、駆け抜けて、それがこんなに楽しかったっけ?

目を閉じて、さっきまで駆け抜けていたターフを、吹き抜ける風を、自分の高鳴りの余韻に、サイレンススズカは全身で浸っていた。




ランクイン……嘘でしょ?夢なら醒め(ザーッ

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