逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「ははは、見たかい?エアグルーヴ。あの3番、なかなか強かなレースをやるぞ!」
「ナイスネイチャ……だったか。勝ち切るようなレースは少ないが、それ以上にまず負けない鉄板のようなレースをやると聞いていたが……ああいう心理戦をやるとはな」
ナイスネイチャが少し前に走った瞬間に、9番が急なペースアップをした。
観客席からはわかりにくいが、何かしら仕掛けたのだろう。
おそらく、この男のやってることと大差ない。
ぴーんっ、とエアグルーヴの目線の高さまで跳ね上げられた王冠を右手で横から掴み取る。
「いい加減にしろ、鬱陶しい」
「なかなか我慢強いね。もう2ハロン前には取られると思っていた」
「…………ちっ」
またこの男に遊ばれたかと思うと、苛立つ。
世話にはなっているが、それ以上に嫌いだ。
どこかしらで、改めさせなくてはなるまい。
「どちらにしても、マヤノトップガンが来る気配はない」
「まだ、あの招き猫背負ってるのの後ろかぁ。どう上がってくるつもりか、興味深いな」
うーん、困りました……
シラオキ様からの試練なのでしょうか。
まったく道が見えません。
トウカイテイオーはちょっと離れ気味。
そろそろ上がり時でいいとは思うのですが、なんだか前に出ようとすると寒気がします。
果報は寝て待て、石の上にも三年、ターフの上に1日ではありますが、ここまで待つとさすがに厳しいモノがあります。
はっ!?
そもそもシラオキ様の試練なら、シラオキ様が道を示すハズもないではありませんか!
なんという愚考!
このレースを自力で勝ってこそ、シラオキ様の試練を克服したことになるのではありませんか!
つまりここは、自力とシラオキ様への信仰心が問われる試練!
それではいざ尋常に勝負!
このマチカネフクキタルのレースを見ていてくだされ!シラオキさまぁああああああああああ!!!!!!!」
『ハナを進むトウカイテイオー、ストレートからコーナーへと入る!このレースはこのままトウカイテイオーのものになるか!?』
全員が思う。
そんなわけがないだろう。
『2番がついに下がり11番がトウカイテイオーに追走!14番の内から9番が進む!いや!その外からナイスネイチャ!ナイスネイチャが来た!更にその後ろからマチカネフクキタルも上がる!その後ろ、マヤノトップガンが追走!』
ナイスネイチャは思う。
やはりここで仕掛けるか、と。
マチカネフクキタルは思う。
シラオキ様バンザイ、と。
コーナーの入り口で後ろの気配に気付いた11番は外に広がるも、さらにその外から回っていたナイスネイチャに抜かれ、更にマチカネフクキタルに内からも抜かれる。
トウカイテイオーの後ろに、ナイスネイチャとマチカネフクキタルが追走する。
奇しくも考えることは似たようなことだったらしい。
内から抜いたマチカネフクキタルがそのままコーナーを膨らみナイスネイチャを牽制しながら加速し、ナイスネイチャはマチカネフクキタルが膨らむコーナーから内に攻め込む。
差しウマ同士の考えはやはり似たようなものになるらしく、そのまま競り合いながらトウカイテイオーを追う。
ラインがクロスしたその後ろにマヤノトップガンが付いている。
『気持ちよく逃げるトウカイテイオーの2バ身後ろにマチカネフクキタルとナイスネイチャ!そしてマヤノトップガン追走!』
まだコーナーの後半戦、そして勝負のストレートが半ハロン。
そこまでに決着を付けてやる。
マチカネフクキタルは膨らんだまま、コーナーを抜けてトウカイテイオーを追走する。
ナイスネイチャは内側をマチカネフクキタル同様に加速しながら競り合う。
『最後のコーナー、アタマでトウカイテイオーが飛び出した!内からナイスネイチャ!外からマチカネフクキタルが一気に伸びてくる!中山のこの短い直線!どちらかが差し切るのか!?はたまたトウカイテイオー逃げ切るか!?』
トウカイテイオーは両側をちらりと見て、後ろから来る二人の姿を確かめる。
決着の登り坂まではあと50m、伸びてきたほうのアタマを塞いでそのまま坂に連れ込み、そして坂を上がりきったところでウイニングラン。
トウカイテイオーの勝利に、変わりはない。
トウカイテイオーは坂を上がる二歩目に後ろを見る。
内のナイスネイチャのほうが伸びる!
トウカイテイオーは坂を登りながら内を閉めにかかる。
マチカネフクキタルは僅かに加速が遅れ、ナイスネイチャは内を塞いだ。
トウカイテイオーは勝ちを確信した。
そのまま坂を上がりきった。
あとはこの勢いでストレートを抜けて
「きゃっちゃ、れたぁっ!」
トウカイテイオーは、左、少し下から聴こえた声に、とっさに振り向いた。
そこには、ちょっとだけ笑ってほんの少しだけ前にアタマの出ている、頭をギリギリまで下げた前傾姿勢で走るマヤノトップガンのオレンジのような髪と目だけしか見えない横顔。
とっさにトウカイテイオーは前に跳ねるように加速する。
それでも、マヤノトップガンのほうが一歩で前に出る。
どこから?
いつから?
どうやって?
『ここでマヤノトップガン!?マヤノトップガンが坂でトウカイテイオーを差した!?何が起きた!?何が起きたー!?』
「こっち!」
中山最後の直線の上り坂。
トウカイテイオーは、あたしの前を塞ぎに来た!
それは承知の上!
トウカイテイオーが内に寄せるのと同じタイミングで外に出て差しにかかろうとした足の置き先。
その先に見えたのが、ターフの緑ではなかった。
マヤノトップガンの橙の髪。
マヤノトップガンは、あたしとマチカネフクキタルの真ん中を、一気に駆け抜けた。
一歩が、遅れた。
慌ててマヤノトップガンの後ろをピタリと追走する。
マチカネフクキタルは、マヤノトップガンの外を並ぶ。
ダメ!
マヤノトップガンの内には今まさにトウカイテイオーが差される。
マヤノトップガンの外はマチカネフクキタルが並んで追走する。
出口、無し。
詰んだじゃん。
そう思った瞬間に脚が、回らなくなった。
マヤノトップガンが、遠い。
トウカイテイオーは、まだそこ。
マチカネフクキタルは、外。
「ぅ、ぁあああああああああああっっっっっっっ!!!!!!!!」
気の抜けた脚を無理に回す。
あたしが、やれるところまではやるんだろ!
善戦しか出来ない!?
ならせめて善戦しろよ、あたしの脚!
じゃないと、あたしはあたしですらないじゃん!
今、1番前に出られるのはどこだ!?
マヤノトップガンの後ろ!
くそっ!
もう半ハロンどころか25mもない!
マヤノトップガンの脚に蹴られてでも背中に張り付け!
アタマでも!クビでも!ハナでも!前に!前にっ!前にっ!!!
『1着マヤノトップガン!2着はマチカネフクキタル!トウカイテイオー!どっちだ!どっちだ!?』
あぁ、やっちゃったかぁ……
3着すら、逃しちゃった……
『2着!トウカイテイオー!3着はマチカネフクキタル!』
1ー10ー13
なお、このレースの払い戻しはありません。
それでは次のレースに向かってバクシンバクシーンッ!