逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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tomorrow's unknown

「はぁー……4着……やっちゃったわぁ……」

 

ライブ後に控え室でナイスネイチャはテーブルに突っ伏す。

 

「マヤノが後ろから切り込んできたの、差された瞬間まで気付かなかった。フクキタルはわかってたのに……あー……あー…………トレーナーさん、なんか一言ないですかー?」

 

「オープンでアッサリ勝ってた1着より、確実に有意義な経験だったのでヨシ」

 

「ヨシ!じゃないですよー……どこ見てヨシ!って言ってるんですかー……テイオーだけに目が行って、マヤノを見逃して、後ろから差されてそのまま沈むとか恥ずかしさで死にそうなんですけどー……」

 

「レコードそのものは悪くなかった。今回じゃなければ優勝していた可能性もある」

 

「そーゆーんじゃないんですよー……」

 

ナイスネイチャはグリグリとテーブルに突っ伏した頭を擦り付ける。

見えている耳はだらーん、と垂れ下がっている。

 

「モブなりに、脇役なりに、そこそこがんばりますかー……なんて半端な意気込みで挑んでさ。マヤノに差された瞬間に、脚が止まりかけてさ。なんとか無理矢理走ったけど結局4位。あたしさ、すっごくイライラしてる……3位止まり、善戦すればそれで充分、そんな外からの評価が嫌だ嫌だって、言っておきながらさ。自分じゃそれを保険にしてさ……バカじゃん。そんなんで挑んだらそりゃ、勝つ気でいる相手に競り負けるに決まってるじゃん。善戦すればいいなんて気持ちで挑んで、善戦すら出来てないじゃん!」

 

ダンッ!とテーブルを叩く。

もう一度、テーブルを叩く。

 

「甘ったれてるだけじゃん!何がモブだ!何が脇役だ!今日のあたしみたいなのは、そんな上等なもんじゃない!遠吠えばかり上手い負け犬じゃん!思い上がってんじゃねぇよ、あたし!」

 

もう一度、何度と、テーブルを叩く。

ばちゃ、と倒れたペットボトルのお茶が頭にかかる。

 

「何が善戦ウマ娘だ!そこそこやるナイスネイチャだ!勝てない理由を聞こえのいい言い訳で目隠ししてただけじゃん!あたしはバカか!?マヌケか!?逃げてんじゃねぇよ!あたし!」

 

溢れたお茶の広がるテーブルを構わず殴る。

お茶は跳ねるし、テーブルは揺れる。

手は痛いし、それでもやりきれない。

 

「トレーナーさん、あたしさ……クラシック三冠に挑むよ」

 

「ホントに?」

 

「たぶん、ここから逃げたらきっと、二度と脇役にもなれない気がするから。クラシック三冠で足りなかったら他も出るよ。来年、ここに戻ってくるためなら」

 

「ネイチャ……自分の言った意味、わかってるね?」

 

「うん……有馬記念。クラシックで出るよ。出られるように頑張るよ。そのくらい言わないと、また逃げそうだから」

 

トレーナーさんの確認の言葉に、ハッキリと答える。

顔はまだ、上げられない。

お茶まみれになるまでは、ちょっと顔を上げられそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

「マヤノ!マヤノ!マヤノ!」

 

気付いたら、トウカイテイオーは控え室を飛び出していた。

マヤノトップガンに、確かめなければ。

確かめなければ、ずっと苛まれ続ける。

確かめて、事実を知ったとして、そこからどうする?

マヤノトップガンのいる控え室の扉のドアノブを回した時、そんなことを考えてしまった。

 

「あっ!テイオーちゃん!」

 

「マヤノ!」

 

「ん?」

 

控え室で出迎えたマヤノトップガンに、ほとんど怒鳴るように名前を呼んだ。

 

「ずっと!ずっとボクに!手加減してたの!?」

 

「んー?手加減?してないよ?」

 

「嘘だ!ボクが知ってるマヤノがあのタイムでボクより前に出てくるわけがないんだ!」

 

「んー?あっ!わかったぁ!」

 

怒鳴る声を止められないトウカイテイオーに、マヤノトップガンは何かに気付いた。

 

「トレーナーちゃんと遊んでたの!模擬レースで決めたタイムを出す遊び!いつもちょっとズレちゃうんだぁ。すっごく難しいんだよ!」

 

「……芝2000の時のタイムは?」

 

「2:09だよ!」

 

あっけらかんと答えるマヤノトップガンの笑顔。

トウカイテイオーの目が回った。

そして、同時に湧いた感情の名前がわからない。

何かをしようとしたんだと思う。

その一歩目に、後ろから抱き締められて目隠しされた。

 

「すまない。テイオーが失礼をした」

 

「いや、何もされてないさ」

 

目隠しされてるけど、誰が喋ってるかはわかる。

トレーナーと、マヤノトップガンのトレーナーだ。

 

「非礼は承知の上で訊く。君は、マヤノトップガンに私達の目がある前では本気を出させなかった。違うか?」

 

「そんなことはしていない。ただ、マヤとある遊びをしただけだ。僕のいない間、野良でも模擬でもレースがあったら、そこで決まったタイムを出す遊びだ。出来たらネズミの国のレストランで予約限定のメニューを約束していた。さすがのマヤでもピッタリは出なかったけど、ストップウォッチの正確さを考えれば許容範囲。おかげで物入りな年末にユキチの群れが羽生やして財布からバタバタ飛んでいく」

 

目隠しして抱き締める腕の力が強まったのはわかった。

 

「そうか。失礼させてもらうよ。君とはどこかしらで、話をしたいものだ」

 

「僕は口が上手くない。トレーナーとしての話なら、僕の口より、彼女達の蹄跡のほうが雄弁だ」

 

「……ふむ、ではまたいずれ」

 

目隠しされて抱き締められたまま、部屋から引きずり出されるのがわかる。

 

「ええ、ではまた。ミスタークラウン」

 

一瞬、動きが止まった。

 

「その呼び方、あまり好きではないんだ」




※トレーナー試験には暴れるウマ娘を取り押さえる体術も科目に含まれます。なおドロップキックは状況想定にありません。

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