逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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シンギュラリティポイント

「スズカちゃん!おみやげいっぱい買ってくるから待っててね!」

 

「ええ、待ってるわ。気を付けてね」

 

ホープフルステークスの次の日、冬休みの初日に朝早くからマヤノトップガンと寮の前まで向かえに来たフユミを、サイレンススズカは見送る。

おみやげ代はたぶん、トレーナーさんが出すんだろうなぁ。

入場開始時間より前に着きたいと、マヤノトップガンが言い出したので、出発はまだ夜の寒さが残る時間の出発だ。

 

「スズカ、本当によかったのか?チケット代なら別に」

 

「騒がしいのは、苦手ですから」

 

「そうか……」

 

トレーナーさんがいつもの胡散臭い笑顔を、少し崩した。

たぶん、無自覚なんだろうけど。

 

「トレーナーさん、大丈夫ですよ。今日は朝少し走ったら、ゆっくりしてますから」

 

「……外を走るなら、誰かと一緒に走るように」

 

「はい、そうします。トレーナーさんは、マヤちゃんとのデートを楽しんできてください」

 

「そーだよ、トレーナーちゃん!今はマヤのことを見てて!マヤのこと以外を考えたらヤダ!」

 

「そうだな、ごめんごめん。じゃあ、行ってくるよ」

 

「はい。マヤちゃんもトレーナーさんと楽しんできてね」

 

「うん!行ってくるね!」

 

そう言ってマヤノトップガンはフユミの腕を引っ張って走り出す。

ウマ娘にはジョギングにもならないが、人には少し速いペースで。

 

あの調子でずっとネズミの国を回っていたら、トレーナーさん、明日は満身創痍だろうなぁ……

 

そう思うと少しだけ苦笑してしまう。

いつも振り回されている側なので、振り回されてぐったりしている姿を想像しただけで少し面白くなってしまう。

さて、いつもなら、そろそろダイワスカーレットが起きて外に出てくる時間だ。

彼女だったら、外のランニングにも付き合ってくれるハズ。

そう思ってジャージ姿で出てきたのに、ダイワスカーレットがなかなか出てこない。

出てくるだろうダイワスカーレットを待って、柔軟体操を一から何周もしている間にカフェテリアが開く時間になってしまった。

さすがにおかしいな、とうろ覚えのダイワスカーレットの部屋に向かう。

 

「んぁあ……あっ!スズカ先輩!おはようございます!」

 

「おはよう。確か、スカーレットの同室の……」

 

「ウオッカっす!」

 

その途中の廊下で何度か見た顔に出会した。

思い出すのが遅れて、彼女にまた自己紹介をさせてしまった。

 

「ウオッカ、スカーレットを知らないかしら?今日はまだ見てなくて」

 

「スカーレット?ああ、アイツなら冬休み丸ごと使ってトレーナーと修行の旅っす。自分を鍛え直すんだとかなんとか」

 

不在だったのか。

無意味に待ってしまった。

せっかくの走る時間が……

 

「スカーレットに用だったんすか?」

 

「うーん、用……って訳じゃないけど……朝早くから出てくると思ってたら見なかったから……」

 

「そっすか。あ、じゃあ俺は朝飯に行くんでここで!」

 

「ええ、ではまた」

 

ウオッカと別れたあとに、どうしようか考える。

マヤちゃんはネズミの国、スカーレットは旅、フクキタルはどこでほんにゃかふんにゃかしてるかわからない。

あれ?

あとは誰もいない……?

自分の交遊関係、もしかしてかなり狭い……?

どうしよう、外を走りたくなっちゃったのに……

1人じゃダメだって言われたし……

 

困った。

 

グラウンドじゃなくて外で、師走の冬風を感じながら走りたいのに。

 

「おい、スズカ。いつまでそこでぐるぐる回っている」

 

「え、エアグルーヴ?どうしたの?」

 

話し掛けられたほうを向くと、少し疲れた顔のエアグルーヴがいた。

自主練の前なのだろうか、ジャージ姿で。

 

あっ!

 

「どうしたの?ではない。スズカが廊下の真ん中をずっとぐるぐる回っていると他の生徒から聞いて、うおっ!」

 

いたっ!

一緒に走る相手!

 

「エアグルーヴ!外を走らない!?ぐるっと一回り!ねっ!?」

 

「待て待て!だいたい察した!だから待て!私はまだ朝食をだな?」

 

「なら先にカフェテリア行きましょう!私もまだだから、朝食を食べたら外走りましょう?ね!?」

 

「待て待て!引っ張るな!わかった!わかったから!わかったから待て!スズカ!スズカっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかったー!ストームボルトマウンテン!」

 

「ははは、それはよかった。トリプルマウンテン達成だな」

 

「うんっ!」

 

朝イチでの電車移動からの入場から、そのままジェットコースター3つを立て続けに乗ることになるとは、覚悟はしていたがフユミは疲労感を感じずにいられない。

黒くて丸い耳のカチューシャを付けてはしゃぎ回るマヤノトップガンの頭を撫でながら、一緒に歩く。

いくら元気と言っても、今日のマヤノトップガンは一段とはしゃいでいる。

今日はマヤノトップガンの好きにさせてやると決めていたので、明日のことは最初から諦めている。

サイレンススズカに2日も休ませる訳にはいかないし頑張って朝から起きるつもりだが、明日は頭も身体も動かないだろうな。

 

「んぅ……」

 

小さなため息が聞こえた。

マヤノトップガンの顔にたまにふと、影が差す。

昨日の今日では、さすがに思うところがあるのだろう。

頭をぽんぽん撫でてやるくらいしか、今は出来ないだろう。

 

「トレーナーちゃん」

 

「マヤ?」

 

「……カルビの海賊行こ!」

 

「よし、行こうか」

 

マヤノトップガンは、何か言おうとしたんだろうな。

マヤノトップガンが言おうとしたことは、予想は出来る。

ただ、それは、こちらから聞き出すようなことではない。

どれだけ天才的な走りをしたとしても、どれだけ超人的な理解力があっても、彼女の心は遊園地でアトラクションにはしゃぐ年頃の少女なのだ。

 

寮長のフジキセキは「寮にいる時のポニーちゃん達のことなら任せておいてくれ」と言っていたが、それで全てがなんとかなるなら、マヤノトップガンがこの時間でトリプルマウンテンを達成していないだろう。

まるで、何かから目を背けて逃げるように。

最初にチームルームに忍び込んできたところで会った時のように。

 

しかし……アトラクション、北に東に、あと西に。

ついでに南にも行って、また戻り。

この浦安のネズミの国、今日はあとどれだけ回ることになるんだ?




絡まる真実は複雑怪奇だけどバクシンするぞ~!えい!えい!むんっ!

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