逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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Inquisition or Interview/質問か審問か

「はっ!はっ!はっ!はっ!はぁ……はぁ……」

 

サイレンススズカは、後ろのエアグルーヴの走りが乱れ出したことに気付いた。

 

いくらなんでも、外で全力を出して逃げた覚えはない。

もしそうなら、スピードを上げた時点でエアグルーヴがなにかしら言うだろう。

つまり、サイレンススズカが無意識に引き離しにかかった可能性はあまりない。

引き留めるエアグルーヴの声が耳に入ってなかった可能性が捨てきれないことが、少しだけ気がかりだけど。

 

一人でこのまま走ると、トレーナーさんに間違いなく怒られる。

それと、エアグルーヴからも後から小言を言われそうだ。

 

足を止めて振り返る。

エアグルーヴが珍しく、太ももに手を置いて腰を曲げた状態で下を向いて肩で息をしている。

 

そんなに速く走っただろうか?

 

「エアグルーヴ、大丈夫?」

 

「スズカに……心配させるとはな……くっ……」

 

エアグルーヴが下を向いたまま、こちらに目を向けもせずに話すなど、初めて見る態度かもしれない。

少なくとも、人に話す時に腰を曲げているエアグルーヴが、イメージにない。

 

「エアグルーヴ?」

 

「情けない……スズカに、弱音を言いそうになっている」

 

「そんな、情けないなんて」

 

「慰めるな。これは、私の意地だ。スズカのジョギングにすら振り回されるほど、私の調子は……悪いらしい」

 

「調子が悪いなら、休んで戻る?」

 

ゆっくりと身体を起こしたエアグルーヴは、いつもの姿勢で息を押さえ付けて笑いながら言う。

 

「体調の問題ではない。休んで治る不調なら、とっくにベッドで頭に冷却シートでも貼って寝ているさ」

 

「……そうよね。じゃあ、まだ走るわ」

 

「ああ……そうしてくれ」

 

エアグルーヴの表情を、どこかで見たような感覚がする。

どうしてだろう。

少しだけ心に引っ掛かりながら、それ以上に脚の疼きが我慢出来なくなってきた。

走ってる内に思い出すだろう。

 

「行きましょう、エアグルーヴ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかったぁ」

 

「それなら、よかった」

 

今日の遊園地デート最後の目的地はレストラン。

そこで予約していた少し早めのディナーにする。

マヤノトップガンは、いつもの奔放な態度には似合わず、フォークとナイフの扱いが上手い。

むしろ、自分のほうが不慣れに見えそうだった。

途中で箸が欲しかったくらいには。

マヤノトップガンは当然として、自分も酒は貰う訳にはいかないので、葡萄のジュースにしてもらっている。

ちゃんと白いのと赤いのを二種類。

少しでも大人っぽいものにしたほうがいいだろうと思ったが、雰囲気で酔っている気分をやっているのか、デザートを食べた頃にはマヤノトップガンはとろーんとした目をしていた。

 

「トレーナーちゃん」

 

「なんだ?」

 

「マヤ、夢見てるみたい。このままトレーナーちゃんが、どこかに連れて行ってくれたらなぁ……って」

 

「どこかに、行きたいの?」

 

「今のマヤがホントは寝てて、このまま眠ってるマヤをトレーナーちゃんがどこかに運んでるんだったら……どこでもいいかなぁ……戻れないところなら……」

 

「そんな旅に出るには、君にはまだ明日があるよ」

 

「じゃあ、トレーナーちゃんは?」

 

「僕?」

 

「トレーナーちゃんには、明日がないの?」

 

マヤノトップガンがじっとこちらを見る。

雨の模擬レースの時のことを、マヤノトップガンはまだ忘れていないのだ。

 

「……今は、わからないな。僕は今、君達の今日と明日に生きているんだろうから」

 

「トレーナーちゃんが生きてる明日は、マヤの明日?スズカちゃんの明日?」

 

グラスの中の赤い葡萄ジュースを揺らしながら、マヤノトップガンはとろけた瞳でこちらを見る。

揺らしているのが赤ワインで、彼女が学園の担当ウマ娘でなかったなら、そして自分がトレーナーでなかったなら、と僅かでも思ってしまう。

 

「ねぇ、トレーナーちゃん……マヤが学園辞めたら、一緒に旅してくれる?」

 

「頷いたら君は本当に辞めるだろう?頷けないよ」

 

「やっぱりダメかぁ……トレーナーちゃんは、どこまでもトレーナーだもんね」

 

「これが天職だと思ったことは、ないけどね」

 

「トレーナー辞めたら、次になりたいものってあるの?」

 

「…………貝、かな」

 

「海の底の?」

 

「だな」

 

「じゃあ、マヤはヒトデになるよ」

 

「食われるのは嫌だな」

 

「そうじゃないと、もうトレーナーちゃんに触れないもん」

 

「……貝になるのはやめよう」

 

「…………うん」

 

マヤノトップガンは葡萄ジュースを飲み干して、微笑んで、うつらうつらとする。

 

「……マヤ……もう……眠くなっちゃった……」

 

朝早くから起きて、昼間ははしゃぎ回っていたから、そろそろ眠くなっても仕方ないか。

そもそも、ホープフルステークス翌日にここまで連れ回すのは、マヤノトップガンの身体の疲労を考えていなかった。

自分の浅い考えが、本当に嫌になる。

 

「帰ろうか」

 

「……うん」

 

眠い目を擦るマヤノトップガンを連れて、レストランを出る。

外で足取りの覚束ないマヤノトップガンを背負って、マヤノトップガンが持っていたみんなに早く渡したいというおみやげ入りのリュックも代わりに持って。

他のおみやげは郵送出来たから助かった。

そうでないと、背負うものの体積が倍は膨れていた。

 

「……えへへ」

 

僕に娘がいたら、やはりこういうことをするんだろうか。

過去にも今にも娘はいないし、未来にもいないと思うが。

今はまだ、この娘達の明日に付き添わねば。

この娘達の明日は、きっと価値あるものだ。




なんだか仕事がバクシン的時間で片付いてるからバクシンするぞー!えい!えい!むんっ!

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