逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
『年末の中山、今年のトゥインクルシリーズの総決算!例年を遥かに上回る大盛況が予想される、有馬記念!これが最後となる“年末最後のGⅠ有馬記念”となります!来年からはホープフルステークスが年末最後のGⅠで固定となることが正式に発表されたため、例年よりも高い注目度!下総中山からの長蛇の列が予想されます!当日はレース場の外には中継モニターも臨時設営!更に下総中山駅のバスロータリーを始め、多数の大型中継モニター車を各所に配置!ライブビューイングや中継も多数のチャンネル、会場で用意しています!』
有馬記念は歴史をさらっと紐解くと、その昔のこと、スポーツでも特にレース好きが高じてオタクを拗らせたやたらと金と行動力と影響力のあるいいとこ生まれの御隠居が、わざわざこの中山レース場を作って、日本一のウマ娘によるレースをやろう!と始めたものらしい。
もっとも出走制限や妙な長さの距離、中山レース場のクセの強いコース、その前にジャパンカップがあるが故の出走回避など、だんだんと衰退。
それでも尚、有馬記念の威光は地に落ちない。
レースファンにとって、有馬記念は特別なレースなのだ。
有馬記念は、もっと言えば中山の芝は、多数のスターの落日、天墜を受け止めてきた。
同時に、新たなるスターが高みへと至るのも、見届けてきた。
真のスターウマ娘は中山を出で、中山に戻るものだと、数多のファンは信じているのだ。
その希望がある限り、有馬記念の威光は地に落ちない。
おそらく、これからもそうなのだ。
だからこそ、皆が“年末最後のGⅠ有馬記念”を惜しんでいる。
秋川理事長が発表していたURAファイナルズがどんなものだか。
本当に、有馬記念を更に凋落させてまで開くようなレースなのか?
来年は日程調整のデモンストレーション、再来年が開催というURAファイナルズ。
そのレースを日本最高峰の一大イベントにしたいというが、秋川理事長は自分が何に挑むかわかっているのか。
あなたがこれから挑むのは、日本にレース興行を真に根付かせた巨星だ。
『それでは、出走予定となっているウマ娘を紹介していきましょう!』
ぷつん、とモニターの電源を切る。
とりあえずニュースのレポーターより先に、出走ウマ娘の内容を観てはみたが、興味が湧かなかった。
決着は三通りしかない。
スーパークリークが最終コーナー前でアタマを取ってそこから無尽蔵のスタミナで引きちぎる。
ビワハヤヒデがその前を押さえ付けてスーパークリークの加速を止めつつ逃げる。
シンボリルドルフが最終コーナーから仕掛けて二人を差す。
最後の可能性はシンボリルドルフ以外でも有り得るが、シンボリルドルフが一番公算が大きい。
ついでに言えば、結局のところはシンボリルドルフが勝つラインを取ったらシンボリルドルフが勝つというだけ。
そのラインを例えばウイニングチケットが取ればウイニングチケットが勝つし、ナリタタイシンが更に後ろからまとめて串刺しにする可能性もある。
怪物ナリタブライアンもいるが、そもそも年末の中山に集まるのは全員がバケモノの類いだ。
ただ、それだけのこと。
観ていたところで、何も面白みもないのは確かだ。
そんな面白みのないレースを観るより、今はやるべきことがある。
サイレンススズカを、より速くする。
サイレンススズカに最初は基礎中の基礎である末脚を身に付けさせた。
彼女に足りなかった、最後の爆発的加速。
それがサウジアラビアロイヤルカップで、エアグルーヴによって引き出された。
その分の恩は、リンゴをわざわざ切ってやったのでチャラだ。
サイレンススズカの脚なら、次の段階に進める。
普通のウマ娘なら妥協して安定するか、果敢に攻めるかの二択になる、コーナーでの走りだ。
そこで彼女に“最速で加速しながら流す”ことを身に付けさせる。
彼女の脚にこれが身に付いたなら……
「トレーナーちゃん」
フユミはデスクでタブレットをいじっていたら、マヤノトップガンがチームルームに入っていた。
今、入ったのだろうか。
声をかけられるまで気付かなかったとは。
「マヤ、どうかした?」
「マヤの次のレース、皐月賞がいいなって」
「……トウカイテイオー辺りに挑まれたか」
「うん」
「勝ちに行くのか?遊びに行くのか?」
「勝ちに行くよ。じゃないと、面白くないもん」
「……わかった。皐月賞の出走申請を出しておく。ホープフルステークスを勝ってるからトライアルとかの出走は必要ないが、途中で出ておきたいレースはあるか?」
マヤノトップガンは少しだけ考えたあと、口角をにっと上げる。
「あのねっ!マヤ、先に走りたいレースがあるの!」
「ほぅ、珍しいな。言ってごらん?」
フユミはマヤノトップガンの目を見る。
この顔は、たぶん初めて見る。
マヤノトップガンはついに、この顔を出したか。
「えヘヘっ……弥生賞!」
マーベラス!のポーズで誤魔化しているし、お菓子でもねだるかのような口調だが、マヤノトップガンのワガママは、過去一の困り事だ。
「…………マヤ、君の勘が鋭いのは知ってる。その上で改めて聞く」
「うん」
「……スズカと、戦いたいんだな?」
「うん」
「…………わかった」
フユミはタブレットに目を戻す。
少しだけ早かったが、いつかは来ると思っていた。
しかし、これは上手く行けばサイレンススズカを一段階強くするかもしれない。
そして、マヤノトップガンのことも、強くするハズだ。
「マヤ、スズカに弥生賞で負けたら皐月賞以降のクラシック三冠も全部、勝ちに行く。それが条件だ。弥生賞でスズカに勝ったら……もうひとつ、マヤのワガママを聞こう」
マヤノトップガンは、にこりと笑って返事をする。
「……うん!」
周りは半分の話数でクラシックまで終わらせてるというのに、スローペースでごめんね?
よりバクシンしなくては!バックシーンッ!!!