逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
今回は有馬記念、いつものアレと呼ばれたい企画もありますよ。
『年末の中山に綺羅星集う大一番。今年最後のグランプリ、有馬記念。輝くのはあなたが見上げる星か。私の見上げる星か。このレースの3番人気は4番ナリタブライアン、2番人気は7番シンボリルドルフ、1番人気のビワハヤヒデ8番からの出走となっております』
編集長は出走リストに頭のモジャモジャから引き抜いたペグシルで印を付けていく。
ハナにはおそらく、ダービー以降の長期休養から明けたアイネスフウジンが出る。
メジロマックイーンもセントライト記念での圧勝から菊花賞をもぎ取った実績がある。
メジロライアンは皐月賞以降も好レースを続けているから今回も走るだろう。
シニアに目を向ければ、やはり注目は前年の三冠にしてクラシックでの有馬記念出走ながらビワハヤヒデとハナ差の二着だったナリタブライアンだ。
二度目の有馬記念での姉妹対決に、気合いは充分だろう。
お馴染みとなったBNWも特にビワハヤヒデは予想から捨てがたい。
そしてステイヤーレンジの魔王スーパークリーク。
皇帝シンボリルドルフも久しぶりに本気のレースをするらしい。
特集記事ではビワハヤヒデとナリタブライアンの二度目の姉妹対決をピックアップしたが……
クリィイイイイイイイイイイイックッ!クリィイイイイイイイイイイイックッ!クリーク!クリーク!クリーク!クリーク!クリーク!クリーク!クリーク!
観客席に多数集まり、会場の外からも聞こえてくるクリークコールはやはり圧巻だ。
白手袋とメガネを統一したクリークファンは、長距離レースでのスーパークリーク出走とあらば京都だろうが中山だろうが必ず集まるほどの根強いファン人気だ。
しかし、それは他のファンも同じこと。
観客席はウマ娘が一人ずつ姿を現す度に歓声に包まれる。
そこにシニアもクラシックも差はない。
正直に言えば、誰が勝つかはわからない。
姉妹対決のロマンは起こり得ない、という声もある。
ただ、それを言ってしまったらこの年末の中山に楽しみなどないではないか。
今日は155秒の夢を見よう。
レースを知る全ての者が泡沫の夢を見る日だ。
「はぁ……」
結局、有馬記念が気になってモニターの電源を点けてしまった。
日曜日、ましてや年末の忙しい中での貴重な休日に、ローテの候補にもない中山の芝2500mのレースを観ても仕方ないのはわかっているが、どうしても観てしまう。
部屋に広げっぱなしにしていた資料をファイルにまとめて棚に並べ直し、今年最後の可燃ゴミの日に備えてゴミ袋をまとめて、スマホのメモ帳に買い出しするものをメモしたあとに、遅い昼飯に炊飯器に残っていた飯と半端な漬物の残りと鰹節を載せて麦茶をぶっかけてずるずると流し込む。
学園のカフェテリアの飯は、どうにも重くてたまには胃を休めないと落ち着かない。
『中山レース場、本日は抜けるような青空の下でのレースとなります。バ場状態は良での発表となりました。会場内のみならず外の中継モニター、下総中山駅と船橋法典駅の近隣各所の中継モニター車設置エリア、各所のライブビューイングは多数のファンが集まっています!それでは各所の中継の様子を見ていきましょう!』
盛り上がりとかはどうでもいい、とも言い切るわけにはいかないが、パドックの様子を見せろと思う。
地上波にとっては年末の大型興行イベントに過ぎないから、そんなものか。
ぴんぽーん。
ちょうど観る価値のないシーンのところでインターホンが鳴る。
新聞屋か宗教屋か、はたまたセールスか。
相手するのもバカらしい。
ぴんぽーぴんぽーん。
諦めが悪いな。
年末でよっぽど切羽詰まっているか。
どっちにしても、出る気になれない。
ぴんぴんぽーぴんぽーん。
さすがにここまで鳴らしてきたのは、僕が今日は家にいる確証のある知人の類だろう。
しかし、連絡も無しにいきなりやってきてインターホンを鳴らすような知人に覚えがない。
ただ、一人だけ例外がいるが。
ぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽーん。
「はーい、どちら様だー……って」
「エヘヘ、来ちゃった!入れて!」
「来ちゃった、じゃないが。一人で?」
「うん」
フユミは頭を抱えた。
マヤノトップガンは私服で部屋の前に来ていた。
もう、何度目になるだろうか。
「はぁ……早く入りなさい」
少女一人を、部屋の外に立たせっぱなしにもしておけないから、仕方なく部屋に入れる。
「何か観てたの?」
マヤノトップガンはお構い無しにリビングまで入っていく。
そして、モニターの前で足を止める。
冷ややかな目で、モニターを観る。
「トレーナーちゃんも、有馬記念観るの?」
「……マヤには、つまらないか」
「トレーナーちゃんが観るなら、マヤも観るよ」
そう言って、モニターの前にそのまま立っている。
座椅子に座らずに、モニターを見下ろすように。
マグカップにココアパウダーと砂糖をスプーンで何杯か入れ、ポットからお湯を注ぎ、スプーンでかき混ぜてからマヤノトップガンに渡す。
「はい、いつものココア」
「ありがとう、トレーナーちゃん」
ココアを受け取ったマヤノトップガンは、モニターの前に立ったままだ。
フユミは観念して座椅子に座る。
その膝の上に、マグカップを両手に持ったマヤノトップガンが収まる。
いつもよりマヤノトップガンは深く座り込んで、フユミにもたれかかる。
そのままずり落ちないように、左手でマヤノトップガンのお腹を抱き締める。
「……エヘヘ」
はい、それではいつものやつ(と呼ばれたいアレ)をやりますよ!
締め切りは明日の18時45分まで!レース開始は12時、決着は21時です!
有馬記念、1着は誰だ!?
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メジロマックイーン
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スーパークリーク
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アイネスフウジン
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ナリタタイシン
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ビワハヤヒデ
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ウイニングチケット
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ナリタブライアン
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シンボリルドルフ