逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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近くて、遠い

「ルドルフを3人がかりで封じ込めにかかってるな」

 

「うん」

 

中継からでは詳細は見えないが、シンボリルドルフは内へのブロックは間に合わないことに気付き、即座にナリタタイシンとの競り合いに切り替えたらしい。

四人もつれて並んでの大混戦が始まる先で、ビワハヤヒデがスーパークリークに追走する。

 

コーナーを抜けた先の最後のストレート、そこでメジロマックイーンがついにアイネスフウジンを捉える。

その内をスーパークリークが進出していく。

アイネスフウジンがついにメジロマックイーンに差されたか力尽きたか徐々に下がる。

 

『中山の短い直線でメジロマックイーンが先頭!しかしすぐ後ろにスーパークリークが迫る!ビワハヤヒデも後ろからの刺客を率いて追走!』

 

中山のストレート最後の坂まで50、メジロマックイーンの内にスーパークリーク。

ビワハヤヒデがアイネスフウジンをかわしてスーパークリークとメジロマックイーンの間に入る。

坂の一歩目、そこでビワハヤヒデがついに飛び出した。

スーパークリークとビワハヤヒデが坂で競り合う、その外をメジロマックイーンが追われる展開。

 

その更に外側からナリタブライアンが遂にラストスパートを仕掛ける。

下がったアイネスフウジンをかわせないナリタタイシンはシンボリルドルフに横を抑えられ、ここで詰まる。

 

そのシンボリルドルフの外、ウイニングチケットはシンボリルドルフが詰めにかかるのを見咎め、対するシンボリルドルフは張り合い加速する。

その外でナリタブライアンが飛び出す。

メジロマックイーンがやや伸びきらず、シンボリルドルフとナリタブライアンに挟まれたウイニングチケットが引っ掛かり脱落。

 

メジロマックイーンを内から差したシンボリルドルフが外に進出してナリタブライアンの内への進出を牽制しながら遂にビワハヤヒデの背中を捉える。

外から攻めるシンボリルドルフにビワハヤヒデが膨らみ防ぎにかかる。

スーパークリークとビワハヤヒデの間に僅かに空いた隙間、そこにナリタブライアンがシンボリルドルフの後ろから斜めにねじ込んだ。

 

坂を上がりラスト50。

スーパークリークを差しながらナリタブライアンが内からビワハヤヒデと競る。

シンボリルドルフをブロックしていたビワハヤヒデがナリタブライアンに気付いて速度を上げる。

シンボリルドルフも外からビワハヤヒデに競り合う。

 

ゴール板まで20。

ついにナリタブライアンが前に出る。

外に膨らんだビワハヤヒデと、膨らまされたシンボリルドルフは僅かにナリタブライアンに届かない。

スーパークリークはナリタブライアンの内。

シンボリルドルフは外に広がりつつ踏み込んでビワハヤヒデを抜きにかかる。

 

先頭でゴール板を抜けたのは、ナリタブライアンの鼻先だった。

 

『ナリタブライアン!ナリタブライアンが1着!2着は……シンボリルドルフ!3着ビワハヤヒデ!ナリタブライアン!去年の姉妹対決のリベンジを果たしました!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……トレーナーちゃん」

 

「……ん?」

 

レースの中継が終わったあと、先に口を開いたのはマヤノトップガンだった。

マヤノトップガンがちらりと横目に見えているのは、フユミのどこか眠そうな顔。

 

「あの黒い人、わざと皇帝さんを外に引っ張り出してから一瞬だけ息を入れながら、内に一気にライン変えてた」

 

「ナリタブライアン、な」

 

「ナリタブライアン、さん……かぁ」

 

「ビワハヤヒデがシンボリルドルフと競り合って前に出るのを読み、そしてスーパークリークが最後の末脚を出すより先に差し込んで一気にまくる。普段の練習や座学で身に付くものではない……あの一瞬でひらめいて、あの一瞬で行ける地力がなければ出来ない、針の穴に糸を通すような差し……怪物だからこそのやり口だ……」

 

くぁ、とフユミはあくびを噛み殺す。

マヤノトップガンはココアを飲み干したマグカップをテーブルに置いてから、フユミにもたれかかって肩に頭を置く。

後ろから包み込むように抱き締められる。

 

トレーナーちゃんはレースの間、一度もマヤのほっぺたを触らなかった。

スズカちゃんが囲まれて苦しいレースをしていても、お構い無しにほっぺたを触ってたのに。

それだけ、レースをちゃんと観ていたということ。

きっと、あの黒い人が、トレーナーちゃんの目を奪ったんだ。

 

ずるい。

 

トレーナーちゃんはマヤを抱き締めてるのに、マヤのことを見てないんだ。

横を向いて、左手をトレーナーちゃんの頬に添えてこちらに顔を向けさせて、マヤと向き合わせれば……

それは、ダメ。

二度とこうしてくれなくなる。

トレーナーちゃんがトレーナーでいる間は、ふわっとこうして包まれてるのが精一杯なんだ。

これ以上は蝋の翼が溶けてしまうように、言葉がわからなくなるように、トレーナーちゃんが甘やかしてくれなくなってしまう。

心地よく胸が高鳴っているのに、この気持ちは行き場がない。

 

悔しいなぁ。

トレーナーちゃんがトレーナーであることをやめないのはわかってる。

トレーナーちゃんはスズカちゃんをほっとけない。

きっと、ウマ娘であるマヤのことも……

ワガママを許してくれるか、許してくれないかの瀬踏みをずっと繰り返しても、トレーナーちゃんが今よりマヤのことを見てくれることはない。

マヤがレースで勝ったら、あの黒い人みたいにトレーナーちゃんの目を奪えるのかな。

弥生賞でスズカちゃんに勝ったら、マヤのことをもっと見てくれるのかな。

今は他の方法が、思い浮かばない。

 

トレーナーちゃんが静かに目を閉じて、マヤを抱き締めたまま静かに寝息を立て始めた。

マヤも、そのまま寝ちゃおう。




ナリタブライアンーシンボリルドルフービワハヤヒデ
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