逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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過去から刺さる針

「トレーナー、レースってなんだろう」

 

禅問答だろうか、と思う。

 

 スターウマ娘達がしのぎを削り、ゴール板の前を誰よりも前に抜ける。

たったひとつの勝利条件のためにあらゆるラインを取り合い、あらゆる走り方で駆け引きをして鍔迫り合い、そのレースのためにそれこそ身を削るようなトレーニングを積み、僕達人間からしたら逃げ出したくなるような難行の日々だ。

 

それでも、彼女達は走る。

 

 走った先の栄光を求めてか、走りたいがための本能か、誰よりも速いという誇示か、理由はまぁまぁある。

 

「僕は、なんで走ってるんだろう」

 

 問われた僕はどう答えたのか、覚えていない。

きっと、つまらないことを言ったのだと思う。

自分でも覚えていないということは、そういうことだ。

そのせいで、彼女は去ったのかもしれない。

いや、僕の答えが多少のウィットと含蓄ある言葉であっても、それだけで彼女を引き留められたかは、怪しいものだろう。

 

「トレーナー、ありがとう。僕は夢から覚めた。僕は、僕のやりたいことを見つけた」

 

「ここを出て、お前は何をやりたいんだ!?ここ以外で、なんの夢を叶えるというんだ!?」

 

 肩を掴んだ僕の手を、手首を鷲掴みにして彼女は無理矢理、力任せに離した。

投げ飛ばされた僕に、彼女はゆっくりと歩いてくる。

みしり、と腕を掴まれた時の音と、そしてズキズキと掴まれた手首がしばらく腫れて不自由したのを覚えている。

 

「夢?笑わせるなよ。ここの連中はエクリプスの尻尾を追ってるだけ。ここで100ハロン走ろうが100マイル走ろうが、所詮はエクリプスの模造品の粗製乱造だ。そんな哀れなものを夢だなんて、僕は言わない」

 

 顔の前に下ろしていた黒い髪が風に揺れて、紅い目が見えた。

泣いているのに、怒っていて、笑っているようにさえ見えた。

 

「僕は、エクリプスを殺してやる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ーナーちゃん……トレーナーちゃん!……トレーナーちゃん!」

 

 うつらうつらとしていたら、マヤノトップガンの顔が目の前にあった。

膨れっ面で怒っている。

窓の外は、日が落ちている。

 

「ああ、悪い。寝ていた」

 

 膝にマヤノトップガンを抱きっぱなしで寝ていたせいか、足が痺れて動かない。

首や背中も痺れてバキバキだ。

 

「もーっ!トレーナーちゃん、全然起きないんだもん!」

 

 時間は……6時半。

まだ寮の門限よりは前か。

フジキセキにからかわれる事態にはならずに済んだか。

 

「さ、マヤはもう帰る時間だ。晩御飯は……ああ、そうか。日曜日だからカフェテリア閉まってるのか」

 

「そんなことどうでもいいよ!」

 

「いや、どうでもいいことは」

 

「トレーナーちゃん、すごくうなされてたんだよ!?」

 

「え、あぁ、そうか。寝汗とか鬱陶しかったろ。ごめんな」

 

「トレーナーちゃん!」

 

 マヤノトップガンは怒鳴るなり、ポシェットからスマホを出す。

どこかに電話をかけると繋がった瞬間に声色を変える。

 

「もしもし、寮長さん!トレーナーちゃんがなんだか具合悪そうなの!看病したいから泊まるね!うん!ばいばい!」

 

 容赦なく通話を切ると、マヤノトップガンはそのまま電源を落としたスマホをテーブルに投げる。

 

「マヤ、していいワガママとダメなワガママがある。これはどっちだと思う?」

 

「マヤのワガママにはね、マヤがしたいワガママしかないんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

「きゅうりとダイコン、それとナスを4つずつ」

 

「いつもの倍だねぇ」

 

「年末年始は長いですから」

 

 トレーナーちゃんは八百屋のおばちゃんと話して、野菜を買っている。

そう思ったら、おばちゃんが店の奥に入ってしまった。

しばらくして出てきたおばちゃんがビニール袋に入れて持ってきたのは、ぬか漬けだった。

 

「あと買っていくものはあるかい?」

 

「そうですね……長ネギを1本だけ」

 

「あいよ。相変わらずものを食わん人だねぇ」

 

「燃費のよさだけが、取り柄ですから」

 

 そう言ったトレーナーちゃんは、いつもと違う笑いかたをしてる。

諦めたような、そんなつまらない笑いかた。

次に行ったお魚屋さんでも、やっぱり同じ笑いかた。

きっと、トレーナーちゃんの愛想笑いなんだ。

 

「イワシのみりん干しと鰹節とちくわと……なんだい、いつもの倍買うだけかい。世知辛い年末年始だねぇ」

 

「どうせ世知辛いなら寝正月、と言いたいんですがね。年末年始もなく走りたがる子もいますからね」

 

「トレセン学園のトレーナーは大変だ。笹かまぼこ、オマケしとくよ」

 

「ははは、ありがとうございます」

 

誰も、トレーナーちゃんの愛想笑いに気付いてないんだ。

 

 トレーナーちゃんが有記念の中継が終わったあと、マヤのことを抱き締めて眠った時はドキドキしたけど、そのまま一緒に寝てたら、トレーナーちゃんがうなされてて、いくら揺すっても起きなくて、汗もかいてうなされてるくらいひどい夢を見てるのに、起きられないトレーナーちゃんのことが怖くて、やっと起きたと思ったらそんなことをアッサリと流してマヤを帰そうとしてきて。

 

悔しかった。

 

 マヤがもっと素敵な大人だったら、きっともっと何かあったと思うのに。

悔しくて寮長に無理を言ってトレーナーちゃんのところに泊まるって言ったけど、きっとトレーナーちゃんはマヤを寮に送っていくつもりだ。

わざとスマホをテーブルの上に投げたのに、トレーナーちゃんはスマホを取ってポシェットにしまったし、自分のスマホでどこかにメールも打ってた。

 

 きっと、そろそろ寮長がここに来る。

たぶん、マヤのことを寮長に預けてトレーナーちゃんは帰っちゃう。

その前に、聞き出さなきゃ。

 

「ねぇ、トレーナーちゃん」

 

「なんだ?」

 

「うなされてた時に呟いてたけど、“ニコ”って誰のこと?」

 

トレーナーちゃんは少しだけ考える。

そして、にこりと笑って答える。

今から嘘を言うのが、丸わかりな笑顔で。

頭を撫でながら言い出したから、間違いなく嘘だ。

 

「子供の頃の初恋の子、だよ」




仕事が忙しくてバクシン出来ない……仕事がんばるぞー……えい!えい!むんっ!
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