逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「はぁ……」
マヤノトップガンを待ち受けていたフジキセキに捕まえさせて、ようやく連れ帰らせた。
途中でヤダヤダと駄々をこねたが、フジキセキは言葉巧みに容赦なくマヤノトップガンのワガママを封殺しながら小脇に抱えて連れ去って行ったのは、さすがとも言えるほど見事な手管だった。
何かの役に立つかもしれないし、覚えておこう。
スマホに受信したメールはふたつある。
フジキセキにマヤノトップガンを回収するのを頼んだメールの返事がひとつ、そしてもうひとつは半年振りに日本に帰ってくる男からのものだ。
『1月アタマ、シンザン記念の日を空けておいてくれ』
『シンザン記念?』
『私が見つけた有望な留学生が1人、トゥインクルシリーズに途中参加する。そいつの日本でのデビュー戦がシンザン記念なんだ』
『で、そのシンザン記念に僕が呼ばれる理由は?』
『お前の目から見ても有能なら、お前に頼みたいんだ。どうせ暇だろ?』
『暇じゃない。担当二人のスケジューリングで既に手一杯だ』
その返事を送った直後に、電話の着信音が鳴る。
向こうはまだ日も出てない内の時間だろうに。
『オイオイオイオイ!担当二人だと?お前に?というかお前が?何がどうなってる?』
「なんというか、いろいろと……すったもんだの末……?」
『なんだそりゃ。まぁいいや。トレーナーとしての熱意が戻った、ってことでいいのか?』
「熱意、か。ある意味では、そうかもしれない」
『へぇ、人がケンタッキーでスカウトに勤しんでる間に何があったかわからないが、元気そうで何よりだ。正直、メールの返事が来るまで生きてるのかも不安だったんだが』
「なんだかんだ生きてるよ。どうやら早々の降参は許されないらしい」
『おかげで、私がスカウトしたウマ娘を日本で路頭に迷わすピンチはなくなったがな。生き汚さは褒められて然るべきということがよくわかるな』
「待て。あらゆるところにツッコミ所しかない。僕が担当を三人も受け持つのは不可能だし、留学生を連れてこられても会話が成り立つような英語は出来ないし、後半はまったく褒めてない」
『褒めてんだよ。今抱えてる2人は誰だかわからねぇが、お前が放り出せないくらいのいい子達なんだろ。だからお前も受け持った。3人目もちゃんといい子なら問題ない。あと日本語もそこそこ喋れるから意思疎通も大丈夫だ。違うか?』
「違う点がある。僕のところにいた娘で悪かった娘はいない。僕のキャパシティでは3人分も未来を背負えない」
『…………はぁー……だからお前はあの三人娘に去られるんだ。お前はトレーナーとして一番大事なとこが抜けてやがる』
「大事なところどころか、僕は何も持ち合わせてないよ」
『わかったわかった。いいからシンザン記念に顔出せ。いいな?来なかったら寮の部屋から拉致して縛った状態で清水の舞台から逆さまにぶん投げてやる!わかったな!?』
そう言って電話が切れる。
困ったことに、正月が明けたら京都に行かなければならないらしい。
断ったりしたら、本当に清水の舞台から逆さまに投げられそうだ。
もしくは京都に行くのが面倒とか言い出してスカイツリーの展望台から投げられかねない。
下手をしたら予定していた再来年までの計画の全ローテの組み直しも有り得る。
まったく、何ひとつとして予定がままならない。
最小限の予定変更で済むのを願いたい。
しかし、シンザン記念か……
京都のマイル戦である以上、今後を考えたら観ておきたいレースではあるか。
とりあえず留学生の受け入れ先の候補を同時に探しておこう。
ハルヤマと、ウオッカのトレーナーとあとはナイスネイチャのトレーナーでいいだろう。
自分の交遊関係の狭さが悔やまれる。
同時に、自分のキャパの小ささにも。
考えるだけ嫌になるから、ここでやめよう。
また明日からの、二人のトレーニングを考えねば。
「ほらほら、むくれないの。かわいい顔が台無しだよ、ポニーちゃん」
休日におもいっきり外を走りながら散策して帰ってくると、寮の玄関でむくれるマヤノトップガンとフジキセキ寮長の姿を見つけた。
「だいたいトレーナーだって困るだろう?大事なポニーちゃんが急に泊まり込むなんて言い出したら」
「だって、あのままほっとけなかったんだもん。寮長のわからず屋ー!」
あ、マヤノトップガンが逃げた。
寮の中に向かったからいいのか、寮長は追いかけない。
「やれやれ、おや。今、お帰りかな?」
「はい、あの……マヤちゃんがどうかしましたか?」
マヤノトップガンが走ったほうに、どこかで嗅いだ匂いがする。
「ああ、君達のトレーナーがいるだろう?マヤノトップガンが彼の部屋に遊びに行ったのはいいんだが、具合が悪そうだからそのまま泊まり込むと言い出したんだ。それで彼からマヤノトップガンを連れ戻してくれと頼まれて連れ戻したんだが、あの通りに拗ねちゃってね」
「ああ、それで……」
だからどこかで嗅いだ匂いがしたんだ。
「ただのワガママじゃないのはわかってるけど、だからって放っておける立場じゃないからね」
「具合が悪い、って実際に何が悪いのかとかは……」
フジキセキは肩を竦める。
そもそも、そんなことはフジキセキの領分ではないのだ。
「付きっきりで看病したいような状態ならそもそも病院に連れていくべきだし、泊まり込むような理由にはならないよ」
「確かに、そうですが……」
マヤノトップガンがそこまで言い出すくらいのことが、確かにあったんだと思う。
あの子が言い出すのは、ただのワガママじゃない。
「心配なら電話でもしてみたらどうかな?」
「用件のない電話とか、あまり好きそうな人に思えないですけど……」
「なら用件を作ればいい。今日ならマヤノトップガンがあんな感じで帰ってきた理由なり、今日のハイキングコースなり、話題はあるだろう?」
「邪魔に、ならないですか……?」
「ポニーちゃんからの電話を無下にするようなトレーナーはいないさ」
ウェディングマヤちゃんとかなに?サイゲは僕を殺す気ですか?
全財産使ってダービーでサトノレイナスの応援馬券買ってこいということですか?