逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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サンダーストラック

「ホワイ!?ザック、どーいうことデスカー!?」

 

 フユミが担当することは決まっていないことを知ったタイキシャトルは、今度はアイザックの肩を掴んでブンブンと揺さぶる。

日本まで遥々やってきていきなりハシゴを外されたようなものだろうから、この反応もやむなしだろう、と今度はサイレンススズカも止めなかった。

フユミと違って身体も丈夫そうだし、顔もバタ臭いし。

 

「それについては、行き違いがあってな!まぁ、お前がシンザン記念でぶっちぎりで!勝ってくれば全部!全然!問題ない!それでまーるく!収まる!オールオーケーだ!」

 

 おい何を勝手に、とフユミが止める前にタイキシャトルはアイザックを離して考える。

 

「フムム……オーケー!ブッチギリ!つまりタイサガチ!でいいデスカー?」

 

「は?タイサガチ……?大差勝ちだと?本気で言ってるのか?」

 

 後ろのサイレンススズカとマヤノトップガンもさすがにタイキシャトルが言い出したことには、ぎょっとしたらしくお互いに見合わせている。

 

「イエス!ホンキ!Soberness!マジとも言いマースッ!」

 

 どうやら本気で正気でマジらしい。

調整に使うか皐月賞、桜花賞へのステップレースへの出場も怪しいウマ娘が集まるかのシーズンだが仮にもGⅢレースだ。

そのレースで、この海外からやってきたウマ娘は慣れない日本の高速バ場になりがちな芝で10バ身以上の大差をつけての勝利を宣言してきた。

 

「どうだ、フユミ。本当に大差で勝ってきたら、タイキシャトルを引き受けるというのは?」

 

 ふんすっ!とタイキシャトルが鼻息荒くやる気を出してる以上、水は差せないか。

実際にマイル戦で10バ身以上も差をつけるなんてのは物理的に無理がある。

それでもある程度は快勝したなら、僕以外にも引く手はあるだろう。

今日は他のトレーナーが揃いも揃ってスケジュールが空かなかったり小倉からまだ帰ってきてなかったり連絡しても音沙汰なかったりで全滅だったが、ウオッカのトレーナーなり、ナイスネイチャのトレーナーなり、ハルヤマなり、誰かしらが引き受けると言い出すと思う。

 

「……やる気なのは事実らしい。10バ身差以上での圧勝、本当にやれるならやってみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンザン記念

GⅢ 芝 1600m 右 外 16人

 

 

 

 

 

 

 京都の神馬、伝説の五冠『シンザン』の名を冠する正月明けいきなり始まるレース。

実際の馬のほうのシンザンの功績についてあーだこーだと解説すると本人の寿命共々長くて長過ぎるのでざっくりまとめると19戦15勝、連対率100%、当時の出走可能GⅠ全てをなんやかんやグランドスラムして、京都のガッデムホットなファッキンサマー以外はなんだかんだ全部倒してきたり、トレーニングはやる気がないのでそこら辺のオープン戦をさらっと走って済ましたり、さらっと走ったオープン戦でもなんのかんの言われながら連対率を維持してたり、騎手を乗せながらうまだっちしてムーンウォークするのが得意技だったりした意味のわからないレジェンドだ。

ゴルシちゃん以上の傾奇者であり、オペラオーレベルの世紀末覇王なレースをしていたと言えばまぁ、概ねそんな感じ。

だからもっと讃えろよ!なんだよGⅢって!

余談だがシンザンの幼名は“松風”である。

かーぶけーかーぶーけー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、とりあえず来てはみたが、実際のところはどうなのやら……」

 

「瞬発力は確かに凄かったです。トレーナーさんに抱き付いた時の姿は目で追いきれませんでした」

 

 観客席に並んで座り、フユミの膝の上にいつも通りにさらっとマヤノトップガンが座り、隣にサイレンススズカが座る。

 

「おいおい、まさかいつもそのスタイルでレース観てるんじゃないだろうな?」

 

「マヤか?マヤはこうしないと拗ねるんだ」

 

「はぁ、そう……」

 

 マヤノトップガンのほっぺたを両方からむにむに引っ張ったり揉んだりしながらフユミは答える。

アイザックはそれを見ながら子連れ夫婦みたいな座り方をしているフユミ達の隣に座る。

 

「私が日本を離れる前とは大違いだな、フユミ」

 

「そうか?今も昔も、僕はそう変わらないと思うが」

 

「正直、私が日本に帰った時に一番最初にやることは、お前の墓前で線香に火を着けることだろうと覚悟していたぞ」

 

「あまり、彼女達の前で暗い話はしないでくれ」

 

「悪い。しかし、連れてくるならお前がトレーナーとしてほっとけないだろうウマ娘を、というのはなかなかの目安になったのは確かだ。だから最初にお前に連絡した」

 

「アメリカのダートと重いターフ中心のレース場から、日本のましてやダントツで高速バ場の京都のレースにいきなり移して、そこでマイル戦にも関わらず大差で勝つなどという戯言を言うのは、確かに大物だな。もしくはよほどの大バカ者か」

 

「まぁ、観てみろよ。勝負はコーナーの入り口、600mからだ」

 

 と、アイザックから言われたのはいいが、当のタイキシャトルはゲートの中でなんだかキョロキョロと周りを見回している。

集中力がまるでない。

本当にレースを走れるのか?

そこら辺の原っぱを走る分にはともかく、レースを走らせるには少し落ち着きがない。

いや、だいぶ落ち着きがない。

飛び付かれた時の身体を締め付けられた痛みが微妙に残っている。

同時に、目でも追えない瞬発力と抱き締められた時の力を思い出す。

力加減が下手?

いや、あれはもしかしたら、と思わずにいられないのは確かだ。

 

「ぽれーにゃーちゃん、ぷるちぃ」

 

「え、あっ……ごめん」

 

「ぷぅ!もう!」

 

 慌ててマヤノトップガンの頬から手を離す。

無意識にむにむにし過ぎて手のひらで押し込むようにしていたらしい。

ムンクの叫びみたいなことになってたマヤノトップガンが頬を膨らませて怒っている。

頭を撫でて謝ると、マヤノトップガンがそのままこちらの腕を掴んで、お腹の前で腕を組ませる。

どうやら、今日はもう頬をむにむにするのはダメらしい。


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