逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

77 / 212
シンザン記念

『京都芝1600mシンザン記念。本日は曇りで持ちこたえましたが巨大寒波により風は冷たく天気が崩れれば雪も降りかねない寒さが続く中、バ場状態は良バ場での発表となりました。一番人気は7番セブンスナナ、アメリカから遥々電撃来日からの初レースとなるタイキシャトルにも注目です。ゲートイン完了、出走の準備が整いました』

 

「ムムム……やっぱり狭いデス……」

 

 体操服にゼッケンを着けた姿のタイキシャトルは、入れられたゲートの狭さにイライラしていた。

周りの娘は中で柔軟体操出来るのに、自分は手を広げたら柵にぶつけるのはやはりおかしい。

自分のゲートだけやたらと狭くないだろうか?

もっと広いゲートに入れてほしい。

というより、なんでわざわざゲートに入らなきゃいけないんだろう。

別にスタートライン引いて並んでReadyGo!

 

ガコンッ!

 

でいいじゃないか……え……あぁっ!

 

『スタートです!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、距離はどうする?そっちの好きな距離でいいぜ?」

 

「1600m」

 

 下ろしたての新品の体操服に身を包んだダイワスカーレットが、手足の筋を伸ばすように柔軟体操をしながらウオッカに答える。

いつもなら、挑発の余計な一言くらいならあるだろうに、距離だけしか言わないとは。

 

「トレーナー、ピストルだけお願い。今回のタイムはいらないわ」

 

「……ああ、3週間ぶりにターフへただいまだ。新年の挨拶をしてこい」

 

「……うん」

 

 ハルヤマはピストルのハンマーコックを片方だけ起こして、火薬を差し込む。

ダイワスカーレットは、ターフから3週間も離れていた。

蹄鉄を付けた靴も、おそらく久しぶりに履くだろう。

そんな状態でも、ダイワスカーレットはきっと速く走る。

ウオッカは、根拠はないが確信している。

あとは、サイレンススズカより速いのか、というだけだ。

サイレンススズカより遅いなら、捉えて差し切れる。

1600mのスタート地点に立つ。

ダイワスカーレットが内、ウオッカが外だ。

二人並んで、構える。

 

「よーいっ!」

 

 遠くからのハルヤマの声。

隣にはウオッカのトレーナーも四角四面の仏頂面で立っている。

さて、どれだけのものか。

ウオッカは自然と口角が上がる。

 

 ハルヤマの手にしたピストルが、パンとなる。

ダイワスカーレットがどう力を付けてきたのか、確かめる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、思いっきり出遅れたぞ」

 

「あちゃー……こりゃあ、派手にやらかしたなぁ!ハッハッハッ!」

 

「笑ってる場合か。開始3秒で終わったぞ、このレース」

 

 他のウマ娘が出てから、大外側のゲートから遅れて飛び出したタイキシャトルが最後尾を走る。

大事な大事な、とっても大事な日本でのデビュー戦でこの出遅れはかなり致命的だ。

 

『来日初レースのタイキシャトル、大きく出遅れて最後尾!これは大丈夫かぁ!?』

 

このままでは、京都からケンタッキーへとトンボ返りの可能性すらある。

隣のサイレンススズカは唖然として口が塞がらない。

マイル戦、1600mしかないこのレースでこの致命的な出遅れ。

少なくとも大差勝ちどころか普通に勝つのも厳しいだろう。

レースに挑むウマ娘としては暗黒期に突入するだろうキャリアの入り口に向かって走っているようにしか見えないタイキシャトルに、内心で合掌した。

そう、スタートから2ハロンまでは。

 

『タイキシャトル、出遅れで焦ったか!?一気に外を上がっていきます!後方の集団を一気に外からかわして!先頭集団の後方に!タイキシャトルが突き刺さったぁ!』

 

 なんだ、あの伸びは。

 

 スタートからの2ハロン、そこまででとんでもない速度に加速して、内に詰めるついでと言わんばかりに大外からまとめてぶち抜いた。

たった3ハロンにしてタイキシャトルの前には残り6人。

これが、あの出遅れからわずか3ハロンであんな前に行けるのか?

そして、コーナーへと入る。

京都のコーナーは曲がってから前半が山登り、後半が下り坂だ。

坂でスピードが出にくい分、外に膨らまないから内も空きにくい。

そして最後のスパートのために全員が後半に加速する。

他の6人も順当に内を坂上がりをしながら流していく後ろから、タイキシャトルが外をそのまま追い越していく。

あんなスピードで走ったらスタミナが持つまい、とハロン棒の間を見る。

 

『タイキシャトル、コーナーでさらに上がっていきます!止まらない!止まらない!?出遅れからまだ立ち直らないのか!?これは無理攻めかぁ!』

 

 いや、タイキシャトルは無理攻めしてなどいない。

タイキシャトルは最初の2ハロンから坂もコーナーも苦にせず、突入したそのままの速度で走っている。

彼女の力強い一歩一歩が、ターフを根っこから断ち切ってすら見えるほどの踏み脚で駆け抜けている。

これが、タイキシャトルの普段の、普通の走りなのか?

 

「おい、イーサンジュニア。あれ、どうなってる。スタートからコーナー半ばで15人まとめてぶち抜いたぞ」

 

「はっはーっ!どうだーっ!?これがケンタッキーからの黒船来航!タイキシャトルのパワーだーっ!これを見ても、まぁだグダグダ言うかーっ!?」

 

 ダメだこれは。

アイザックは完全に鼻が高くなってどこから出したかわからないライブ用のサイリウムを振り出した。

まぁ、ケンタッキーから遥々連れてきた留学生がこれだけ大暴れしたなら、鼻も高くなろう。

タイキシャトルは先頭に躍り出るとそのまま残りコーナーの下り坂をつんのめることなく走り切り、最後のストレートで一気に加速した。

最後尾から勝ち上がった状態で、さらに大差勝ちの約束を果たすつもりか?

実際に、コーナーをタイキシャトルが飛び出した時点で既に3バ身は開いている。

このまま更に加速する脚があるというのなら、あるいは。

奥歯が、ぎりと鳴る。

 

「……ふざけてる」




こっちの更新をがんばっていたらサークルで「イベント走ってくれ」と言われました。
エアグルドーベルで根性育成がんばります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。