逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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Alcor

「トレーナーさぁんっ!見てマシタカァッ!?タイサガチ!タイサガチデスヨーッ!」

 

「わかったわかっ……ぐっ……!まっ!」

 

 ウィナーズサークルで、掲示板を指差しながら駆け寄ってトレーナーさんに飛び付いて思いっきり抱き締めるタイキシャトルを見て、少し羨ましくなる。

あれだけの走り方なら、完勝としか言えない。

攻めるのに苦しいだろうコーナーを、ああもアッサリと抜けて更に最後のストレートをとんでもないスピードで駆け抜けた。

しかも、それだけ走ってもケロッとした顔でウィナーズサークルで待っていたのだ。

海外には、こんなにパワフルな人がいたんだ。

負けていられない。

 

「タイキシャトルさん」

 

「オゥ!タイキでいいデスヨ。ファユー?」

 

「マヤノトップガンだよ!」

 

 先に隣のマヤノトップガンが答える。

あ、名前を聞かれたのか。

 

「サイレンススズカです」

 

「オーケー、マヤにスズカ!これからヨロシクネ!」

 

「……苦し……ムリ……」

 

 そう言うとタイキシャトルに抱き締められっぱなしのトレーナーさんが、ついに背中を叩いていた手をだらっと下ろす。

 

「ソーリーッ!大丈夫デスカ!?」

 

 また肩を掴んでシェイクされる前に、トレーナーさんを支えて立たせる。

ウィナーズサークルでトレーナーさんに倒れられては困る。

 

「ふぅ……こっちが死ぬから、とりあえずノリと勢いで抱き締めるのはダメ。これは守ってくれ」

 

「そんな、ハグは親愛の証デスヨ!?」

 

「死ぬから……ホントに……日本では、相手を鯖折りにして絞め落とすのは……親愛とは言わない……僕の身が潰れる……」

 

「オゥ……残念デス……」

 

「……まずは力加減を覚えてくれ。不幸が起きる前にな」

 

 タイキシャトルの締め上げから解放されて、支えるこちらへとよろめきながら、トレーナーさんは諌める。

 

「力、加減……パワーコントロール!オーケー!ではトレーニングしまショーッ!」

 

「は?待て!待っ!」

 

 ぐえ、と呻くトレーナーさんがさすがにかわいそうだから止めにかかったら、そのあとは自分とマヤノトップガンが交互に抱き締められた。

タイキシャトルが飛び付こうとしてきたら、まずは頑張って止めなくては。

 

 サイレンススズカはギュウギュウに抱き締められながら、タイキシャトルとの付き合い方を身をもって考えることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ダメ、まだ足りないわ」

 

 ゴール板から流した先、そこでダイワスカーレットは胸に手を置いて息を整える。

ウオッカがその姿を見上げることになったのは、膝に手を置いて荒れた息を整えているからに他ならない。

ストレートに飛び出す最終コーナーの半ば、加速を始めたダイワスカーレットに合わせてウオッカは外から差しに行く。

それに対して、ダイワスカーレットは外に膨らんだ。

差しに来るのがわかっているのだから、当然だ。

それはとっくに織り込み済み。

ウオッカはコーナー終わり際15m、一気にそこからラインをクロスさせてダイワスカーレットの内に入り込む。

1ハロンの速度で負けなければストレートを先に抜けるのはこちらだ。

あとはそのまま前で蓋をして勝ち。

差し勝ちの理想だ。

有馬記念を観ていたからこそ思い付いたこのライン変えからのカウンターアタック。

そしていざ、ダイワスカーレットの内を貫こうとした時だ。

 

ザクリッ!

 

 ターフを脚で切ったような、生易しい音ではない。

ターフがダイワスカーレットの踏み込みを受け止められなかった音。

地面を根深く貫くほどの踏み脚でコーナーを膨らんだまま、ダイワスカーレットは加速した。

ウオッカが内を貫くハズが、ダイワスカーレットに内を蓋された。

ならばと、ウオッカはダイワスカーレットの後ろを再びラインをクロスして外めを突きに行く。

対するダイワスカーレットが突き付けた回答は、前に差すこと。

そのままストレートを、ウオッカの差し足以上の速さで踏み切り加速した。

小手先のない単純な力勝負に、ダイワスカーレットは持ち込んだのだ。

わずかな出遅れはあれど、ウオッカのほうが脚を残している。

そのハズなのに、差しかわされた分の遅れが取り戻せない。

ダイワスカーレットの横よりゴール板を先に見ることになるまで、あと30秒のことだった。

 

「何が、足りないんだよ」

 

 ウオッカの息が、まだ戻らない。

練習ということを忘れてマジで差しに行ったハズだ。

冬だというのにまだ身体が熱くて、汗が出るほどにはマジで走った。

それをアッサリと返したダイワスカーレットは、それだけの走りをしたにもかかわらず、不満げにターフの先を睨む。

 

「アタシには見えてるの。アタシの前を走る、完璧なアタシの姿を上書きした……あの人が。あれを差さない限り、アタシは……一番に、なれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「編集長、いかがでしょう?」

 

「うーむ……」

 

 乙名史が出した原稿を、ハゲ頭に便座カバーを嵌め込んだかのような側頭部から後頭部だけモジャモジャアフロでお馴染みの編集長が、モジャモジャアフロに刺してるペグシルをぐりぐりしながら見る。

有馬記念がメインの特集の予定だったハズが、朝日杯フューチュリティステークスでのサイレンススズカ、ホープフルステークスでのマヤノトップガン、シンザン記念でのタイキシャトル、それぞれの活躍で、フユミトレーナーの姿があちこちに見えている状態だ。

仮にも年明け第一号でここまで、一人のトレーナーの姿が一度に載ったことは、編集長が知る限りでは例がない。

年末のジュニアクラスのGⅠレースの内、2つを担当に取らせたトレーナーとしては恐らく、一番規模の小さいチームのトレーナーだろう。

何しろ、乙名史が持ってきた原稿にある通り、彼はタイキシャトルの担当を引き受けたことでチームの再始動をしたのだから。

つまり、サイレンススズカとマヤノトップガンの二人は厳密にはチームですらなかったのだ。

そして、タイキシャトルはシンザン記念で来日一発目のまだ時差ボケすら抜けないだろうタイミングであっさりと大差勝ちした。

なんでも、URA直属のスカウトマンがフユミトレーナーに担当させるつもりで連れてきたらしい。

さすがに3人も担当しておいてチームではない、というのは通らなかったらしく、フユミトレーナーのチームが再始動した。

記事を見る限りでは、彼としては、チームの再始動という形は取りたくなかったらしいが。

 

「チーム“アルコル”ね……」

 

「命名理由を聞いたら『チーム名は恒星縛りで付けろと言われたが天文学とかまるでさっぱりなので辞典開いて上からアルファベット順で使える名前の一番最初がこれだった。思い入れは今も昔もあんまりない』だそうで」

 

「理由も扱いも雑過ぎるな……」

 

 フユミトレーナーにネーミングセンスがないのはわかった。

何はともあれ既に重賞を4つ取っているチームの立ち上げとなれば、ライバル誌も放置しないだろう。

ここは、ひとつ対談インタビューをまた組まねばなるまい。

既に出走申請を発表済みの弥生賞よりも前に、特集しておきたい。

何しろ、弥生賞はサイレンススズカとマヤノトップガンの身内対決となっているのだから。




昼も仕事して夜も仕事して……ようやっと休みなの……40万点が遠いの……

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