逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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彼の今/Stasis

Eclipse first, the rest nowhere.

唯一抜きん出て並ぶもの無し。

 

かつて、海の向こう側でことわざとして名を残した優駿がいる。

そしてこの国にはその対義語が存在する。

 

レースに絶対はない。

 

どのような優駿も、生涯でどこにも欠けることなく駆け抜けるなどということはない。

逆に言えば、諦めなければ、全てを擲てば、その手に一夜の夢を掴むことも出来る。

だから、みんなもスターウマ娘を目指して頑張れ。

 

僕達トレーナーにとって、こんな便利な言葉はない。

年端も行かない少女達に、なんの保証もなく夢の11レースの光芒で目眩ましして、レースというこの上ない現実へと夢見心地のまま駆り立てる。

 

そして、夢から醒めた少女の首を、唯一抜きん出て並ぶもの無し、と現実の刃でかっ切る。

 

どちらも、大嫌いな言葉だ。

そして、これを口外しないことが、トレーナーとしての絶対条件だ。

今日もこのトレセン学園には、起きながら夢を見ている者達が行き交う。

レース場には、その夢見る少女達の戦いに夢を見る者達が集う。

今の僕がスカウトするとしたら、その中でも自分で夢を見ず、誰かの夢を駆け抜ける者だった。

 

そして、今ここにいる少女が二人。

危うく、自分が夢の中に引きずり込まれそうになった。

自分はまだ、現実にいる。

現実錨なんて架空を求めなくても、自分はしっかりと現実に立ち続けている。

そう、自分に言い聞かせながら、僕は椅子に座った。

 

「サイレンススズカ、次の模擬レースは今週末……三日後だったな?」

 

「はい」

 

先にパイプ椅子を出して座らせたサイレンススズカは、短いながらも、ハッキリと、返事をした。

 

「距離1800芝……出るか出ないかは、自分で決め」

 

「出ます」

 

「てくれ……出る、そう……」

 

即断即決、という言葉すら置き去りだ。

彼女のトレーナーは、どうやってあんなに溜め込むほどこのじゃじゃウマ娘を制御していたのか。

 

「さて、模擬レースの課題は……はっきり言えば、どこにもない。芝2400のロングスパンで今のマヤを振り切るようなウマ娘が、メイクデビューを果たしていない訳がないからね」

 

「では、メイクデビューの課題を」

 

「言っただろう?本気で追撃したマヤを振り切るようなウマ娘がメイクデビューしていない訳がない。メイクデビュー戦程度で、君の影を踏むことが出来るようなウマ娘がいる訳がないんだ」

 

「私はメイクデビューしていません」

 

「確かにそうだ。君の不安もわかる。だが、サイレンススズカ。無自覚だろうが、君には他のウマ娘より遥かに大きなアドバンテージがある。なんだと思う?」

 

「え、っと……うーん……んー……」

 

考え込むサイレンススズカの隣でマヤが答えを言いそうになったのを、指を口に当てて止める。

 

「わからない……」

 

「当たり前だ。これを自分で答えられるなら、君はとっくにメイクデビューどころか重賞のひとつくらいは既に持っている」

 

「教えてください」

 

「その答えを今言っても、首をかしげるだけだから、今は伏せておく。模擬レースの日まで、君に課題を作るとしたら、今まで我慢していた自分の走りを完璧に思い出せ、そして自分の走りを武器として練り上げろ、ってところだ」

 

確かに、サイレンススズカは普通のレースは下手だ。

しかし、彼女が燻っていた期間は全くの無駄ではなかった。

サイレンススズカの能力は、明らかに最初の模擬レースの時から伸びている。

そうでなければ、いくら才能があれど芝2400をトップスピードで駆け抜けるようなことは出来ない。

 

サイレンススズカのトレーナーはきちんと、サイレンススズカを一流のウマ娘にするための下準備をしていたのだ。

 

あとは、サイレンススズカが自分で走りやすいレース進行がどんなものか、それを自信を持って表に出せていれば、半年前にメイクデビュー出来ていた。

 

はっきり言えば、仕込みが終わって、オーブンに入れて、あとは焼き上がりを待つだけの段階で横取りしたようなものだ。

 

自分だから出来たこと、などでは断じてない。

時が来れば、自分の手がなくとも、彼女は自分から爆発しただろう。

そんな彼女に、自分が外から出来ることなど限られている。

 

ましてや、メイクデビューどころか模擬レースまでの付き合いの範疇でのこととなれば、尚更だ。

 

「ということで、マヤ。授業をサボってることはこっちで言い訳しておく。代わりに、しばらく彼女といっぱい走るように」

 

「アイコピー!スズカちゃん!一緒に走ろ!」

 

「え、えぇ……あの、課題は?」

 

「マヤを相手に走れ、以上だ」

 

マヤノトップガンが手を引っ張り、外に連れ出そうとするのを僅かに抵抗しながら問うたサイレンススズカに、トレーナーはさらりと明確すぎて逆に意味のわからないことを言い放った。

 

「いや、あの、課題!」

 

「走ってればクリアする。いいから走ってこい」

 

「ほら、行こ行こ!レースレース!」

 

「え、えぇ……」

 

困惑しながらも引っ張り出されるサイレンススズカと、ウキウキ気分で連れ出すマヤノトップガンは部屋から騒々しく飛び出していく。

たまたまとは言え、マヤノトップガンがここにいて助かった。

サイレンススズカがもし、このまま化けたとしたら、それはほぼマヤノトップガンの功績だ。

彼女無しに、このハイペースなスケジュールは実行出来なかっただろう。

普段から、何かとこのワガママ娘の面倒を見ることになっているだけの役得はあったと、トレーナーの口許は僅かに弛んだ。

1人部屋に残ったトレーナーは、ひとまず次の模擬レースの出走申請に、自身のサインを書くことにした。




評価バーが真っ赤……ランキング二位……夢か?これは夢なのか?
私が、ランキングに……!?
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