逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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ピクニック

「ふっ……ふっ……はっ……はっ!」

 

 最終コーナー、そこでまたタイキシャトルが前にいる。

1800より前にこのタイキシャトルを抜き返すことは出来るようになってきた。

ただ、それを見ているトレーナーさんの目は、ものすごく冷ややかだ。

たぶん、怒ってるんじゃない。

そのことはわかる。

ただ、彼が見ているサイレンススズカのゴーストに、今の私は遠く及ばないのだと思う。

タイキシャトルとの模擬レースは1800mなら半々、1600mだとほぼ完敗、2000mだとほぼ完勝。

そんな私は、トレーナーさんの見ているサイレンススズカではないんだ。

タイキシャトルとの併走で、自分の弱点を克服しろと言われた。

最初は、マイル距離ではタイキシャトルにあっさりと負け通した。

いつも通りに走っていたらコーナーで差されてそのまま前を取られる。

コーナーで無理に速く走ろうとすると、ストレートで差される。

今までコーナーで息を入れていたのに、タイキシャトルに追われては満足な息を入れられない。

息を入れたら、コーナーでタイキシャトルに捕まってそこから抜き返すのは、息を入れた以上のスパートをしなければならない。

 

「どうしたら……」

 

 この矛盾をどうしたらいいのか、1ヶ月ほど頑張ってみたけど自分では思い付かない。

せめてものヒントを、トレーナーさんからもらいたい。

タブレットを見ているトレーナーさんにこの悩みを打ち明ける。

トレーナーさんは何かヒントをくれると思う。

 

「……そうだな……あれでいいか」

 

 トレーナーさんはどこかに電話をしながら、チームルームの本棚の下、物置の引き戸を開けて中から何かを探す。

出してきたのは、なんだか妙に縦に大きなリュックサック。

少し古そうな、冬の木に付いてる葉っぱみたいな地味な色をしている。

それと、そこそこの大きさのポリタンクを3つ。

そして、丸いプラスチックの変なもの。

たしか、自転車とかバイクを思いっきり走らせてる人が膝とかに付けてたような気がする。

なんで、こんなものがこの部屋にあるんだろう。

それらを出したトレーナーさんは、それらの荷物をテーブルの上に並べると、いつもの胡散臭い笑顔で突拍子もないことを言い出した。

 

「スズカ、明日はちょっと寒い時期だがピクニックに行こう。朝早くから出るからいつでも走れる用意だけして寮の前で待ってるように」

 

「……ピクニック?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、これは?」

 

「借りた。ちょっと荷物をいろいろ持って遠出するんだ。電車じゃめんどくさい」

 

 翌朝、トレーナーさんは寮の前にワゴン車で迎えに来た。

わざわざどこかから車を借りてきてまで、どこに行くつもりなのだろう、と助手席に座り込む。

車で走っていると、いつもなら自分の足と共に流れていく景色が勝手に流れていく。

ちょっとその感覚が気持ち悪い。

酔い止め薬は飲んだが、自分の意思以外で動く景色には慣れない。

高速道路に乗ったあとは、ずっとまっすぐに走っている。

途中のパーキングエリアで一息ついでに朝御飯にして、更に高速道路を進む。

ようやっと高速道路を降りたと思ったら、ずいぶんと山の中の道を走っていく。

舗装がボロボロで真ん中に草まで生えてるような細い道。

窓から下を見ると、ガードレールの向こうは底もわからないような崖だ。

そんな坂を登って、コーナーをくるっと回って、また登って、山の一番上まで来たら駐車場が見えた。

そして、その奥に見上げるほど大きな観音像が立っている。

 

「あの、ここは……?」

 

「大観音像。正直、これはオマケだ。今、登ってきた道が本題でな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇっ!?トレーナーちゃんいないの!?」

 

「ハァイ、スズカもいまセェン!」

 

「そんなぁ!?トレーナーちゃん、今日はスズカちゃんとデートなの!?」

 

「きっと、そうデェス!」

 

 テーブルに置かれたトレーニングメニューの指示だけ書いた紙を前に、マヤノトップガンとタイキシャトルは騒ぐ。

そんなチームルームに、あとから入ったハルヤマが手を叩いて振り向かせる。

 

「フユミから2日ほど君達を頼む、って言われたんだが、いったいどうしたんだ?」

 

「スズカとデート!デートに行きマシタッ!」

 

「スズカと、デート?フユミが?」

 

「うんっ!だってスズカちゃんもいないもん!」

 

 ハルヤマはなんとなく状況を察した。

フユミ一人がどこかに行ったならともかく、サイレンススズカを連れてとなると、理由はひとつだ。

少なくとも、デートとかではない。

サイレンススズカがそんなことを期待していたとしたら、盛大な肩透かしだろうが。

 

「さては、秘密の特訓に行ったな」

 

「秘密の特訓って、変な山籠りとか川下りとかゴミ拾いじゃないわよね……」

 

 ハルヤマの後ろにいたダイワスカーレットはジト目で睨みながら言う。

言い出しっぺは自分とはいえ、あんなめちゃくちゃな目に遭うのは二度とゴメンだ。

あれに近いものをしているとなれば、サイレンススズカに同情する。

 

「いいや、フユミのことだ。もっとこう……更に過酷なことをさせてると思うぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、ボーヤ。その娘が電話で言ってた例の?」

 

「ああ、サイレンススズカだ」

 

「トゥインクルを走ってるようなエリートがこんなとこで走っても、本当に大丈夫なの?」

 

「ここを走れんようなら、これからのクラシックシーズンを走り抜けるのも怪しいさ」

 

「いや、学園の風紀とかあるんじゃないの?って話で」

 

「霊験あらたか、ありがたいありがたぁい観音像の下で特訓するんだ。それの、どこが悪い」

 

 奥の管理事務所兼おみやげ屋らしい建物から出てきたのは、腰はまっすぐだが小さい白と茶の交ざった髪をした老年の女性だ。

耳と尻尾があるし、ウマ娘らしい。

 

「トレーナーさん、ここはいったいどこですか?それと、その方は?」

 

「ここは“観音山”。麓の入り口から、この頂上の大観音像までの山道の距離は、ざっくり1000m。往復で2000mになるキリのよさから、昔は近所にいるウマ娘が集まって野良レースをするスポットだった。最近はここで群れて野良レースするウマ娘もめっきりいなくなったけどな。そして彼女はこの観音像を管理している協会の会長、通称……“グランマ”だ」




修行パートとかガォンしてぇですよ……ですがバクシンバクシーンッ!!!

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