逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「こんな遠くまでよく来たわね。よろしくね、サイレンススズカちゃん。はい、これをあげるわ」
「……あの、これは?」
サイレンススズカがグランマと呼ばれてる老婦人から渡されたのは、紐付きの交通安全の御守りだ。
どうやらここのおみやげらしい。
おみやげをタダでもらって、いいのだろうか?
「昔から、ここで走るウマ娘はそれを首に下げて走るのが暗黙の了解だったの。新入りのウマ娘にはこうして最古参のウマ娘がここの御守りを渡す。それを持っていたらみんな競い合う仲間だから大事になさい、という時代があったのよ。今じゃ、この山に来るようなウマ娘はめっきり減ってしまったけど」
寂しげに語るグランマに促されて御守りを首にかける。
首元でプラプラしないように服の中にしまいこむ。
「さて……こっちで準備しておくものがあるから、その間にまずは軽く道を下って、山道の入り口でターンして戻ってこい。普段と違ってコースアウトしたら谷底、たまーに観光客の車もすれ違うこともある。道にウマ娘用のレーンはないから、ちゃんと車の邪魔にならないように避けること。いいな?」
「はい」
よくわからないけど、ここを走ると何かわかるらしい。
そういえば、こういう山道を走ったことはあまりないな。
山道を走るのって、どんな感じなんだろう。
手足を振って筋を伸ばして、走り出した。
「しかし、ボーヤがホントに中央のトレーナーになるとはねぇ」
「……ここのおかげ、ですよ」
ポリタンクに水を入れながら、フユミはグランマの世間話に淡々と返事をする。
3つのポリタンクは、水量がそれぞれバラバラだ。
「トレーナー業は、楽しいかい?」
ポリタンクに入れ過ぎた分の水を少しずつ捨てて、量を調整したあとに、リュックの中に順番に積むように入れていく。
「楽しいかは、わからない。ずっと頭を抱えてる気はする」
「で、頭を抱えてる様子は見せないようにしているわけかい」
「トレーナーが迷っていたら、ウマ娘はまっすぐ走れない」
リュックサックの口を閉じて、中身をちゃんと整える。
問題に気付くまでのキッカケを、ちゃんとサイレンススズカは捉えた。
あとは問題解決のためのヒントがあれば、サイレンススズカなら気付けるハズだ。
ここなら、ほとんどテストの答案をカンニングしているような環境だ。
「僕は、彼女達の前で迷う訳には行かないんだ」
「ひゃっ!わっ!……とと……ふぅ……」
足裏が滑った状態からよろけながらも、頑張って姿勢を立て直し、また走り出す。
あまりの走りにくさに、よく地面を見ながら走ると、アスファルトが剥がれた粒と言ってもいい大きさの小石が道にいっぱい転がっている。
物凄く足先に気を遣う道だ。
しかも山肌をなぞるような道は、ほとんどが曲がりくねっている。
トレーナーさんが用意していたゴム底のシューズではなく、いつもの蹄鉄シューズだったら、きっとこの山道を下る間に五回は転んでいる。
肘と膝に付けたプラスチックの丸いのは、転んでも大事に至らないようにということらしく、トレーナーさんが走る邪魔にならないように慎重に付けてくれたので、これのせいで走りにくいということはないが、明らかに転ぶことは織込み済みなのが怖い。
ヘアピンコーナーの古いコンクリートで固められた壁やガードレールには、よく見れば足跡やへこみが何個か見える。
電柱にまで蹴りを入れたような跡まであるのは、さすがに驚く。
もし、あれを蹴った反動で曲がっているとしたら、失敗したら崖下行きの大道芸だ。
本当に、こんなところを蹴って走ってる人までいるのだろうか。
車の音がして、コーナーに度々あるちょっとした膨らみで待ってすれ違う。
車同士では、この狭い山道ですれ違うのは一苦労だろう。
気を遣うところがあまりにも多すぎる。
下まで下りきった時点で、息が上がって脚を止めてしまう。
一人で走っているだけで、ここまで疲れたのは初めてのことだと思う。
全力疾走をしているわけではなく、むしろいつもより遅いペースで走っているのに。
なにしろ全力疾走したくても、ストレートにまっすぐ思いっきり走れる箇所が1000mの間に2ヶ所しかなく、あとはグネグネと曲がっている上にガードレール側にオーバーすれば、下手をしたら崖下に落ちてしまう。
駄目押しにトレーナーさんから渡されて背負ったリュックサック。
ウマ娘にしたら重い荷物ではないけど、少しでもコーナーで大袈裟な曲がりかたをしたらすぐに背中から外に内にと引っ張られる。
足元に散乱する数多の小石との併せ技で、横倒しに転けてしまいそうになる。
中身が物凄くバランスの悪い入れ方をしているのはわかる。
水音がするから、リュックサックの中身はきっと水を入れたポリタンクだ。
遅く走ると疲れるし、速く走ると危ないし、足下をしっかりとしないとそもそも走れない。
下りでは邪魔なだけな後ろのリュックサックの重さが、登りだと一気に襲いかかってきて、スピードが乗らない。
後ろから来たおじいさんのゆっくり走る小さなバイクにすら追い越されたのは、さすがにショックだった。
山道を下りるのも登るのも、物凄く体力を遣う。
一往復する度に、かなりの時間で休憩しないと脚が動かせない。
3回目でついに駐車場に倒れて、身体を投げ出したところで、お昼休憩になった。
ウマシャルDな連載作品を誰も書かないせいで、ついに自分で書くことになったんじゃ。
峠だろうがバクシンバクシーンッ!!!