逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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スズカのひらめき/Stroke of Suzuka

「初めての山道はどうかしら?」

 

「すごく疲れます……速く走れないんです。登りはともかく、下りは足下が滑ったりして曲がるのも大変で、いつものペースで全然走れないんです」

 

 昼食前の一息で出されたお茶を飲みながら、グランマさんから話しかけられて素直に答える。

ただですら難しい山道で、更に背中にリュックサックまで背負っているから走りにくいなんてものではなかった。

トレーナーさんは、椅子に座った私が伸ばしている脚をマッサージしていく。

トレーナーさんの手が、火照っている脚を解してくれてる。

マヤノトップガンはくすぐったくてジタバタするけど、私はこの瞬間が割と好きになっている。

マッサージも好きだけど、この時だけはトレーナーさんの顔が笑っていないから。

笑ってないから好き、というのもおかしな話だけど。

 

「足裏で、無理矢理踏ん張って曲がっているな?」

 

足裏から足首の辺りを特に揉みながら、トレーナーさんが言う。

 

「はい、しっかりと踏まないと小石とかで踏み込んだ脚がずるっと……こう、滑っちゃうんです」

 

「……地面をしっかり踏むと、速さはどうなる?」

 

「えっ……それはしっかりと踏み込んで地面を蹴ってるから……速くなる?」

 

「その理屈だと、コーナーだらけの山道で走れないわけがないな?」

 

「そっか……んぅ……わからない……」

 

「……タイキにコーナーで負ける理由は、ここだけでコーナーを曲がってるからだ」

 

 トレーナーさんは足首から下、特に外側をしっかりと念入りにマッサージしてくれてる。

つまり、そこにそれだけ不必要な負担をかけているということ。

 

「もっと身体の使い方を覚えろ。走るのに必要なのは、脚だけじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!うぅっ……!はっ!あっ……!はぁっ……!」

 

 午後からは速く走っているのに、ますますペースが落ちてしまう。

足裏の力が足りないと、コーナーを本当に曲がれないどころか止まることもままならない。

ひどいとコンクリートの壁を二、三歩ほど走ってなんとか道路に戻ったり、車がすれ違うための膨らみになってる端の草むらでようやく曲がれたり、とてもではないが山道を走れているとは言い難い。

コーナーを速く抜けようとする度に、リュックサックに引っ張られるのを、頑張って背中で引っ張り返して走る。

下りを何度か走って、一番大きなヘアピンコーナーで思いっきり身体が外に持っていかれるのに頑張って抵抗した時に、足裏が少し滑ったところでつんのめったまま勢い任せで走ってコーナーを抜けようとする途中で気付いた。

 

 肩でリュックサックを引っ張っている感覚ではない。

背中で引っ張る?

そのあと何度か、わざと大袈裟にコーナーを曲がりながら確かめる。

曲がりやすい?

背中を伸ばしつつ、左右に転けないギリギリのバランスで身体を横に動かす。

最後のコーナー3つがほぼ平地になっている。

そこで、最後に確かめる。

やっぱりだ。

倒れないギリギリまで身体を倒すと、そっちに身体が勝手に進む。

外に引っ張られる力と身体の綱引き?

なんだかわからないけど、なんだか走りやすくなった?

一番楽な傾きかたでコーナーを抜けた時、まるで最後のストレートを走っているくらいの解放感があった。

 

 なんとなく、わかったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボーヤ、あの娘をこんな田舎の山道まで連れてくる必要があったのかしら」

 

「彼女は不器用なんだ。何事も、自分で体感しないと覚えられない」

 

 みやげ屋の軒先のベンチで、フユミとグランマはお茶を啜る。

サイレンススズカの背中をドローンに追わせて空撮しているので、サイレンススズカの様子はタブレットの画面越しに常にモニタリングしている。

何かあればすぐに対応出来る。

 

「トゥインクルシリーズを走っているような才媛を、こんな山道を走らせたりしていいのか?って聞いているのよ」

 

「彼女がこのまま行き詰まると、桜花賞どころか弥生賞すら厳しい。何かしらのショック療法が必要だった」

 

「……まったく、ボーヤが中央でトレーナーやってるのが信じられないわ。本当に上手くやってる?」

 

「クビにならない程度には、まぁ」

 

「クビになりたくないならもう少し真っ当なとこで真っ当な鍛え方をしなさいよ」

 

「真っ当なとこで、真っ当な鍛え方をしていたら、サイレンススズカはスランプになる。彼女は基礎を固めるだけではダメなんだ。その上で、何かしらの一押しがないと彼女は開花しない」

 

「ボーヤ、この山道があの娘の踏み台になる……そう思ってる?」

 

「ちょっとしたキッカケになればそれでいい。別にこの山道に勝負をしにきたわけじゃない」

 

「ボーヤがそう思っても、他がそうとは思わないわよ。2年ぶりに顔を出してきたと思ったら中央の才媛引き連れてきた、なんて……」

 

「だから電話をしたんだ。バトルを申し込むつもりはないと」

 

 呑気にお茶を啜るフユミに、グランマは溜め息を吐く。

 

「それをね、他の人が聞くとこうなるのよ。『アンタらじゃ勝負にならないから道を空けろ』ってね」

 

「深読みが過ぎる。山道で走る分ならエクリプスよりも自分達のほうが速い、って自分達で豪語していたじゃないか」

 

 グランマは空になった2つの湯呑みに、またお茶を注いでいく。

観音様の観覧時間も終わるし、そろそろストーブを出して火を付ける時間だ。

そして、この山道の本当の姿を現す時間が来る。

 

「……相変わらず、姉そっくりな性格してるわ。皮肉と本音を同じ舌で言うとこが、本当にそっくり」




次回辺りからスズカさんがちょこっと成長する話になります。
あと、ちょこっとだけゲストキャラが出ます。

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