逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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黄昏色の逃亡者

「アンタ、見かけないツラね。どっから来た」

 

 山道を何度か往復して、日も傾いてきた頃。

山道を下りきって、ターンして登ろうとしたところで話し掛けられた。

ウマ娘が5人ほど。

リーダー格らしきウマ娘は、金髪の肩で切り揃えたショートカットで紺のセーラー服の上にカーディガンを羽織って、スカートの下にジャージを穿いている。

すごい格好だなぁ……

 

「東京から来ました」

 

「その道の先は観音様で行き止まり。観音様の観覧時間も終わるのにその道を登るのは、どういうことかわかってんの?」

 

「上でトレーナーさんが待ってるので」

 

「トレーナァー?オイ、聞いたかお前ら!トレーナーだってよ!」

 

 後ろのウマ娘達がゲラゲラと笑う。

早く登って頂上に戻りたいのに、面倒だなぁ。

早くこの道を走りたいのに。

 

 よし、逃げよう!

 

「では、私はここで」

 

「あっ!待てこのやろ!」

 

 登り始めた私の後ろに、さっきの5人が追い掛けてくる。

鬱陶しいなぁ。

これは絡まれてる、という奴なのだろう。

振り切りたいし、走るのに邪魔臭い。

あとでトレーナーさんに謝って回収してもらおう。

そう思い、背負っていたリュックサックを道の脇の膨らみのところに投げ捨てる。

 

「オイッ!それ拾って持ってこい!」

 

 後ろのウマ娘の言葉が聴こえる。

代わりに運んでくれるなら、それはそれでいいか。

まだ後ろには4人。

リュックサックがないとこんなに軽くなるんだ。

登りだからスピードも乗り過ぎないから、コーナーも攻めやすい。

 

「逃ぃがすっ!かぁっ!」

 

 一人ずつ距離が離れていくのがわかる。

コーナーがキツいおかげで、横に振り向くだけで後ろが見える時もある。

ここまでまともに追ってきているのはあと一人。

どうやらリーダー格らしい金髪だけ。

思ったよりは、速い。

でも、これなら振り切れる。

体力さえあれば、余分な荷物さえなければ、山登りはそんなに苦にならない。

最後のコーナー3つ前で、足音がついに自分だけになった。

あとは、観音様の前のストレートの坂だけ。

すっと息を入れて、がんばって登り切る!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひーっ……ひーっ……ひぃーっ……はぁーっ……なんだぁっ!……あいつ!」

 

 金髪のウマ娘は見慣れない顔のウマ娘に完全に振り切られたところで脚を止めて、息を整える。

凄まじい敗北感を感じながら。

 

 栗のような長い茶髪のウマ娘。

ずいぶんと落ち着いていて、育ちもよさそうなウマ娘が、見慣れないハズなのにどっかで見たようなジャージを着て、この観音山を登ろうとしていた。

呼び止めると、山の上に自分のトレーナーがいる、などと変なことを言い出したので思わず笑ってしまった。

こんな辺鄙な山道に来るウマ娘なんて、ほとんどがトレセンの募集に背を向けたはぐれ者だ。

そんなウマ娘に、トレーナーなんているわけがない。

そんなウマ娘が、どうしてこの山道の登りでここまで速く走れる。

登りは単純な力勝負と言えど、少なくともこの山道をかなり走り込んでいる自分達を振り切るなど、普通なら有り得ないのだ。

それが、沈む西日に目が眩んだと思ったら、その一瞬の間に沈む夕日の向こうに溶けて消えてしまったかのように振り切られた。

 

「こんなとこで何をしてんだぁ~?猿にカバンでも引ったくられたかぁん?」

 

 後ろから長い白髪をパイナップルに纏めた水色のブレザーの制服を着た長身のウマ娘が、置き去りにした仲間達を引き連れて登ってきた。

このウマ娘がいつもより少し早く来ていたならば、頂上までにあの見慣れないウマ娘を捕らえられただろうか?

 

「……なんか、見慣れないウマ娘が……」

 

 頂上のほうを指差しながら荒れた息の合間に最低限の説明をする。

負けっぱなしじゃ、地元のメンツ丸潰れだ。

とんでもないハイペースで山道を登って逃げたウマ娘を、そのまま逃がせるものか。

しかし、あの茶髪のウマ娘と競り合えるのは、この辺りどころか他の山を探しても、たぶんこの白髪のウマ娘しかいない。

 

「なぁるほどぉ?だいたいわかった……仇は取ってやるぜぇーっ!」

 

 そう言うと、白髪のウマ娘は坂を登っていく。

脚の長さとバネからの長いストライドで、まるで飛ぶように走っていく。

言動はメチャクチャ、走りもメチャクチャ、それでもこの山道で一番速いのは、アイツなんだ。

悔しいけど、アイツになんとかしてもらうしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、マヤノ。スズカ先輩とやり合うためだけに弥生賞に出るって本当?」

 

 一通りのトレーニングを終えたあと、ダイワスカーレットはマヤノトップガンに尋ねた。

ダイワスカーレットはマヤノトップガンにシンパシーを感じなかったと言えば嘘になる。

だからこそ、今期のクラシック最有力とも目されていたトウカイテイオーをホープフルステークスでアッサリと下したマヤノトップガンが、どうしてサイレンススズカとの対決を求めたのかがわからないのだ。

 

「うん!スズカちゃんと走れるの、たぶんそこしかないから!」

 

「なんで、マヤノがスズカ先輩と走るの?チームメイトだし、お互いに潰し合うだけじゃ」

 

「それは、スカーレットちゃんもじゃない?」

 

 首を傾げながら返したマヤノトップガンの言葉は、確かにその通りとしか言えない。

元を辿れば、ダイワスカーレットとサイレンススズカは同じチームだ。

今は違うと言えど、こうしてお互いに協力している関係のチームなのだから、マヤノトップガンとやってることに変わりはない。

マヤノトップガンがダイワスカーレットと同じ理由とは、思えない。

遠回しにマヤノトップガンは自分から先に理由を言えと言っているのだ。

 

「阪神で最後の坂を登る時に、見えちゃったの。理想のアタシが走っている姿が、スズカ先輩の背中に刷り変わった瞬間を。スズカ先輩だったら、あのレースに勝ってた。そう思っちゃったのよ」

 

「それで、スズカちゃん本人を倒さないと先に行けなくなったの?」

 

「そうよ。だからこれは、アタシのワガママ。スズカ先輩にもフユミトレーナーにもワガママを言ったの。自分でもサイテーだとは思うけど」

 

「なぁんだ。そんな理由かぁ……」

 

「マヤノはなんでなのよ」

 

「簡単だよ?それはね」

 

マヤノトップガンが浮かべた笑顔に、ダイワスカーレットは背筋を震えさせた。

いつもなら、かわいい女の子の笑顔でしかないのに。

 

「スズカちゃんとしか、もう楽しくないの」




明日は仕事がやべーので更新はないです。筆のバクシンオーが勝手に走り出して更新してたら「とっとと寝ろバカ」とお叱りください。

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