逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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バンキシャ

「その……フユミトレーナー、だっけ?番記者付けて追うようなトレーナーには思えないが……」

 

喫茶店の一角、テーブル席で乙名史記者と編集長が向き合っていた。

ただですら犬の垂れ耳みたいな側頭部のモジャモジャに七色のペグシルが刺さるパンクなハゲ頭に、丸いサングラスまでしている小柄でワイシャツがミチミチとボタンで引っ張られるほど丸々と腹の出た編集長の姿は一般人のそれではない。

なんとかスーツを着ているだけ、最低限の社会性はあるが、ズボンを引っ張り上げるサスペンダーが肩に食い込むどころかめり込んでいるのは流石に擁護不可能だ。

 

「はい!彼は間違いなく、この三年のキーマンとなるトレーナーです!三年後、彼を追っているかどうかで、この月刊トゥインクルの未来も間違いなく変わります!」

 

熱弁を振るう乙名史だが、それ自体はいつものことだ。

違うとしたら、いつも以上に前のめりなことか。

ここまで1人に入れ込んだのは、スーパークリークとそのトレーナー以来だろうか。

あの時はスーパークリーク自体がそれなりに注目しておこうか、というのもあったので「新人トレーナーの奮闘記」として1コーナーに置いていたのが功を奏し、スーパークリーク特集を組めた。

確かにその時の乙名史の目は間違いなくスーパークリークのトレーナーの才覚を見抜いていたわけだが……

今回は件のウマ娘と正式な契約すらしていないトレーナーという辺り、記事に取り上げるにしてもだいぶ無理がないだろうか。

 

「しかしなぁ、燻っていたウマ娘がたまたま気持ち良く走っていた程度のことで、いきなり特集記事は組めんよ。せいぜい、ミニコーナーでちょっとした1シーンとして紹介するくらいだろ」

 

「……わかりました!次の模擬レースにサイレンススズカさんが出ます。その結果を見た上で判断してください。私は断言しますよ。彼女は間違いなく、次代のスターウマ娘のセンターとしてウマ娘とレースの歴史を塗り替えます!その時に彼女の隣にいるトレーナーは間違いなく、このフユミトレーナーです!」

 

未来でも視てきたのか?

それとも占いか何かか?

それだけで特集記事を組めるほど、月刊トゥインクルは酔狂な雑誌じゃないぞ。

と、言ったところで聞くようなら乙名史記者ではない。

 

「……そこまで言うならサイレンススズカの出る模擬レースの記事を、とりあえず書いてみろ。レースの内容で彼女が明らかに他とは違うと言えるほどの走りをしたなら、改めて彼女を追え。まだ正式なトレーナーとして契約もしていない、この男がいずれ彼女の杖になるというのなら、サイレンススズカを追えば必然的にこのトレーナーのことも追うことになる。そうだろ?」

 

乙名史のいつになく圧の強い熱弁に、編集長も仕方なく提案する。

ウマ娘とトレーナーの出会いというのは、だいたいままならないものだ。

一流のウマ娘を何人も輩出するベテランのトレーナーも、それと同じだけ夢破れたウマ娘の背を見送っている。

逆に、無名の新人が全く注目されていなかったウマ娘と共に他の本命をぶっちぎって重賞を奪っていったこともある。

 

トレーナーの才能があれば、どんなウマ娘も輝く?

それは違う。

トレーナーの教育が同じでも、ウマ娘の才能が最終的に問われる?

それも違う。

 

そもそも府中に集う全国選りすぐりのトレーナー達に優劣がそこまで差があるようなばらつきなどないのだ。

 

ならば、差異はどこにあるか?

 

編集長はトレーナーとウマ娘の相性だと思っている。

お互いに良い相手と出逢えた者が、トゥインクルシリーズを征する。

とは言っても、それを堂々と記事の色にするには月刊トゥインクルはロジカルに寄っている。

月刊トゥインクルは常に数字で語るのだ。

その上で数字だけでは説明の出来ないものを持つものが辿り着けるのが、真のセンターに立つスターウマ娘だ。

その地点に、このサイレンススズカとフユミトレーナーが辿り着けるかはわからない。

そもそもこの2人は、まだ手を取り合ってさえもいないのだから。

 

 

 

 

 

 

翌日の昼に次回の模擬レースの出走リスト。

そこに急遽、サイレンススズカの名前が加わった。

なんてことはない、余っていた枠が埋まっただけのこと。

今回の模擬レースは、小粒揃いではあるものの、そこまで注目するようなレースではない。

次のメイクデビュー戦の枠を取り合う最後のレースではあるものの、次のメイクデビュー戦での本命は既に他のレースで出場権を取っている。

消化試合とその枠埋め程度にしか、このレースの価値はない。

そして滑り込みで出走申請をしてきたサイレンススズカも、大人しそうな見た目の物静かでレースもパッとしないウマ娘。

ガヤが増えた程度にしか大半は見ていなかった。

一部を除いては。

 

「聞きましたよ!スズカさん!次の模擬レースに出ると!」

 

「ええ、次の模擬レースで走るわ……ところでフクキタル、それは……?」

 

エントランスで椅子に座っていたサイレンススズカの前には、数少ない覚えている声がする巨大な金ぴかの鯛がいた。

それを持っている手がぷるぷるとしているのしか見えないが、この勢いがやたら強い声とこんなトンチキなものを持ってそうな知人は、サイレンススズカのそんなに広くない交遊関係で1人しかいない。

 

「はい!これは超!超!超ォオオオオオ!スーパーラッキーアイテム!『でかい』×『めでたい』×『およぐ』×『きんぴか』の四乗開運パワー!その名も『超ビッグチャァアアアンスッ!!!ゴールデンたい焼きちゃんを確保せよッ!!!!100/1スケールッ!!!!!』です!」




ランキング……一位?そんな夢を見た気がする……夢か?明日、あたしゃ死ぬのか?
わからないので真相を確かめるべく、調査隊はアマゾンの奥地へとバクシンした。

ついき:100/1です。本当に100/1なんです。信じてください。

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