逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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魔法の靴

「……君は?」

 

 声をかけられたほうを見ると、ニット帽を被った茶髪のウマ娘がいた。

見物人の一人だったのだろうか。

わざわざ話しかけてきた上に、こちらを知っているのはどういうことか。

今、走っているのがサイレンススズカであることに気付いた?

その流れでトレーナーである僕がここにいると踏んだ?

だが、それで声をかけてくる理由はわからない。

 

「あぁ、私はナカヤマフェスタ。ゴールドシップ……今、走っている白いほうのウマ娘とは、ちょっと因縁があってね……」

 

 勝手に話し始めたので、とりあえず耳半分で聞いておく。

 

「近い内に、私はこの山道でアイツとケリを付けるつもりだったんだ。ところが、私の相手をよりにもよって中央のウマ娘に横取りされてしまいそうだ」

 

 なるほど、あの芦毛のウマ娘はゴールドシップというらしい。

ナカヤマフェスタはそいつとライバルだったようだ。

で、ライバルの負けを予期してここに来た。

そんなところか。

 

「まだ結果はわからない。何しろ、山道を走るのは不慣れだからな」

 

「今でもあれだけ走ってるのに不慣れとは……冗談がキツいな……ともあれ、ゴールドシップが負けたら私のターゲットは、サイレンススズカになる」

 

「今日、たまたま山登りで特訓していたらバトルになっただけだ。僕達はわざわざ何度も山道に来ないぞ」

 

「構わないさ。私が、そっちに向かうだけだ」

 

「……君が、中央に?」

 

 なんとも気安い理由での出願動機だ。

面接官が聞いたらどう反応するやら。

目当てのウマ娘と勝負したくてトレセン学園に来た、なんて言い出した志願者はおそらく、そんなにはいないだろう。

 

「ああ。辿り着けたら、改めてそっちのターフで相手をしてもらうさ。そのほうが面白いだろう?」

 

「中央は本物だらけだ。そこでも通じると思っているなら、試験を受けたらいい。今期は願書提出の期限まであと1週間もないが」

 

「わかった。せっかくだし、私が試験に受かるか受からないか、賭けてみないか?」

 

「……受からない。僕がそっちに賭けたほうが、君もやる気が出るだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!」

 

 下り坂になって、トレーナーさんの言っていた“最初の違和感”のことはすぐにわかった。

足を前に出すと、踵が思っているより先に引っ掛かって思うように前へ脚が進まない。

そうこうしている内に、芦毛のウマ娘はターンしてすぐに右側に追い付いてきた。

大きな歩幅でぐんぐんと伸びてきたのはわかる。

あっさりとターンした下り坂で追い付かれるなんて。

そして、最初の緩やかなカーブで隣の芦毛のウマ娘がこちらへと膨らんでくる。

体格差では、こちらは張り合えない。

押し退けられるようにカーブの外に押しやられると、そのまま芦毛のウマ娘がやや前に出る。

 

 負けたくない!

 

 それなのに、思ったように走れない!

 

 やだ!いやだ!抜かれる!走れない!

 

 次の左へのコーナーへ、芦毛のウマ娘が蓋をするようにインへ入り込む。

それにぶつかるわけに行かず、ただですら進まない脚が遅れる。

完全に、前を取られた!

急がなきゃ!

走らなきゃ!

そう思うのに、脚が進まない!

慣れたら速く走れる、なんて言ってたけど……

どうしたら速く走れるの!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっさりと返しで抜かれたな……」

 

「だろうな。あのガタイの良さで、あれだけしっかりした大きな歩幅のストライド走法……それが一番、牙を剥くのは後半戦のダウンヒルだ。ましてや他の峠よりヘアピンコーナーの少ない観音山ならライン取りさえしっかりしていれば、そこらのウマ娘では追い縋るのも難しいだろう」

 

「どうするんだ?ご自慢の中央GⅠウマ娘が山道走ってるだけの素人ウマ娘に追い抜かれて、切り返せなかったら?」

 

 ナカヤマフェスタと名乗ったニット帽のウマ娘は、フユミやグランマと並んで中継映像を映すタブレットの画面を観る。

固定のカメラの他に空撮ドローンにも二人を追わせているが、空中からでもわかるほど、明確に芦毛のウマ娘が前に出ている。

空撮ドローンからの映像は暗くて上からの撮影なので映像からはわからないが、きっとサイレンススズカは今頃、困惑して苛立ちを覚えている頃だろう。

 

「その時はその時、切り返せるかどうかは本人次第だ。サイレンススズカの脚に、ある魔法をかけておいたからな」

 

「魔法……?踵高めで爪先ベタの靴のこと、かい?」

 

 フユミから出た魔法という言葉に、グランマが目を細める。

魔法などというファンシーな言葉が似つかわしくない男から出てきたのだから当然だろう。

 

「あぁ……順調に走っていた登り坂から折り返して、下り坂になった瞬間に、真面目に頑張って速く走ろうとすればするほど速く走れなくなるという、不思議な魔法だ」

 

「なんだって!?」

 

 フユミの言葉に、グランマが振り向く。

ナカヤマフェスタも、なんてことはないと言わんばかりのフユミの態度にぎょっとする。

 

「なんだいそりゃ!そんなの魔法じゃなくて呪いじゃないかい!?」

 

「魔法だよ。サイレンススズカがちゃんと気付くべきことに気付けば、彼女の走りは1つ違う次元へと辿り着ける。シンデレラがお城に辿り着くための、とっておきの魔法だ」




ジェミニ杯、相変わらずテンポの悪いイベントで嫌になるわ!負けるのはいいからチーム戦程度のテンポで手早く片付けさせなさいよ!

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